第12話 擦り合わせとその影響
コーレが教授から許可をとり、部族のオアシスから戻ったミシュアは全員の同行が認められたことを報告した。あわせてわたしもバハルハムスとシュオラーフの戦争について共有した。
反応はそれぞれ異なっていた。
「そこはよく小競り合いをしていますよね。三年前にもあったと聞きます。その時は「砂漠の影」が暗躍してバハルハムスに吸血鬼を放ったとか……」
コーレはそれを「珍しいとは言えおかしな事ではない」と思っているようだった。
ただ、これが起こるとバハルハムスの治安も一時的に悪くなるし、解消した後も政治的なゴタゴタがしばらく続くので、外国人は注意した方がいいそうだ。
「当時も研究生がその時期にケトルカマルに避難してきた話がありますし、二人もしばらく立ち寄らない方がいいかもしれません……」
では案内人のミシュアの意見はどうか。
彼は表情こそ変えていなかったが、口に出したのは強めの警告だった。
「今のバハルハムスには近寄らない方がいいでしょう。今回の戦争はどう転ぶかわかりません」
「儀礼戦争ではないのですか?」
「それにしてはシュオラーフの用意した戦力が過剰だと話が入っていますし、シュオラーフに近い狩人部族の間でもしばらく近寄らないようそれとなく話が流れているようです。バハルハムス行きのキャラバンの占い師は揃って警告を出していると聞きます。こうなると物資や人の入りも滞る。不安だけの問題で無く、どう転ぶかわからなくなっています。最大限警戒すべきです」
コーレは驚きの顔になっている。ミスティア学院側はこの手の情報を掴んでいないようだ。
「三年前の第二王子遠征の時は、バハルハムス領主からこっそり警告が来ていたんだよね?」
アカリはもうその資料を読んだ事があるらしく、そう口にする。
コーレはハッとして頷いた。
「そ、そうです。ですが今のところそのような話はありません。その、何かの間違いでは……」
「ミシュアの話と同じ報告をわたしも受けているわ。シュオラーフの動きに関しては確定でいいと思う」
コーレの淡い期待をさくっと潰しつつ、わたしも考える。
ケトルカマルはバハルハムス派だ。
他の二勢力とも交流はあるが、特別入れ込んでいるわけではない。
それがどうして三年前は情報を掴んでいたのだろう?
……あ、そうか。
「三年前はシュオラーフの方が儀礼戦争にしたいと思ってたのね。下手な被害を出して問題を広げないように手を回してたんだと思う。今回連絡が来てないなら……」
「本気、ということですか……?」
「もしくは、そこまで考えずに動いてるのかも」
「そんな」
可能性は色々とある。そこは、今はいい。
「コーレはこの事を共有してあげて。案内人の方で噂になるくらいなら、そろそろ耳のいい人が気づく頃。騒ぎになるまでは秒読みよ」
「きょ、教授に連絡してきます」
慌てて部屋を出ていくコーレを見送りつつ、わたしはミシュアに話を向けた。
ミシュアは、それでどうするんですか、と言わんばかりの顔だ。
……アカリが可哀想なものを見る目を向けていることに気づいていない。もっと注意力を磨いてもらいたい。
「まずはアルカースの話を聞きに行きましょう」
「よろしいので? バハルハムスに戻って船に乗らなくても」
「わたし達は自分の身は守れるから大丈夫。商会のみんなは忙しいでしょうけど、逃げおおせるくらいなら問題ないわ」
「でしたら予定通り……」
「ええ。旅の予定はどうなるの?」
「部族のオアシスまでなら半日です。キャラバンは要りません。用が済んだらバハルハムスに戻ります」
「そうよね。そこが問題なのよ……」
「は?」
「バハルハムスに戻ってくる頃には次に行くところは決まってるはずだけど、そこへ行くキャラバンはないはずだわ。どうしましょう?」
ミシュアは嫌な予感に顔を強張らせた。
正しい危機察知だ。
「どちらへ向かうというのですか?」
「まだわからないわ。でも、シュオラーフの船団のいるところよ」
「……何だってそんなところへ」
「それはアカリ次第」
どうするの? と視線を向ける。
アカリは肩をすくめた。
「どうやって戦争回避するかは、まだ考えてるところだよ。まだあんまり白紙を使いたくないから、ミリアムの情報収集結果次第だけど」
「戦争回避? ……何を考えているんですか」
分からない。いや分かりたくない。ミシュアの眉間は理解と逃避に挟まれて深い皺を刻んでいる。
早めに現実を見てもらった方がいいかしら。そう思ったわたしははっきり告げた。
「シュオラーフとバハルハムスの戦争を止めて、ついでに砂上船を一隻略奪するつもりよ」
「えっ」
アカリは顔を上げてわたしを見た。
「そっちは聞いてない」
「今、話したわ」
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