第52話:新入生クラブ説明会『文芸部は例えるならば浄土仏教です』


「次は、文芸部です」


 喧騒に包まれた体育館、生徒会長がそう告げる。


 遂にわたし達の番がやってきた。

 ステージの中央へ進み、カンペを出そうとブレザーのポケットに手を入れる。


「えっ」

 小さく声を出してしまった。




 ……カンペがない。




 しまった。どこかにカンペを落としたのかもしれない。


 わたしは固まってしまう。

 どうしよう……


 見回すと、一年生たちは思い思いにくっちゃべっている。

 わたし達のことは、誰も見ていない。


 どうしよう……いや、こんなんじゃダメだ。

 わたしがなんとかしないと。


「あー、えーと、わたしたちは、その……文芸部……です……」


 パニックになるわたし。

 持ち時間は過ぎていく。


 神代君が気がついて、耳打ちする。


「だいたい内容は覚えている。思い出しながら話すから適当に合わせてみて」


 できる……かな?


「大丈夫。いつも部室でやってる通りをやればいいんだ」

「わかったわ」


 覚悟を決めた。

 できるかな、じゃなくて。やらないと。


 神代君は、少しネクタイをゆるめる。

 スゥーッと息を吸い──


 両手をパンと打ったかと思ったら、

 そのまま合掌して、お辞儀をした。

 まるでお坊さんだ。




「文芸部は例えるならば浄土仏教です。入れば誰でも救いがあります」




 えぇー。

 最初からカンペの内容と全然違うじゃん!

 もー、実は覚えてないでしょう? 




「……神代部長! 宗教の勧誘じゃありません。文芸部の勧誘!」




 いつもこんな感じだったかなぁ?


 無茶苦茶だけど、くっちゃべっていた一年生達はいきなり静まり返った。

 つかみはオッケーみたい。




「入部すれば努力・友情・勝利とか胸の大きい女の子とか……失礼。素敵な異性・胸のすく異世界での冒険・血が沸騰するホラーなどなど色々体験できます。が、最後はみんな幸福になるでしょう」


「ふーん。神代部長は胸の大きいのが好みなのか。覚えとくわ」


 普通に知らなかった。

 わたしは、自身の胸を見る。


「うーんこの貧弱さ」

 ところどころから、かすかに笑いが起こる。よし、食いついてきた。


「ま、確かに貧乳だな。AAだったろ?」

「部長、それセクハラだから。後で先生に怒られるよ。あとスレンダーって言って?」

「物も言いようだな」

「うるさいわ!」



 パラパラと笑いが起きている。

 一年の先生を横目で見ると、何人か笑っていた。


 だけど、学年主任先生がちょっと怖い顔をして見ていた。

 後から本当に怒られそうだ。




「とは言っても、部室には紙と鉛筆、それに印刷機しかありません。PCは自前です。でも、なければ書けばいいんです! そこであなたの思う通りの天国を文章で作れます。小説でも詩でも批評でも書いてくれる人は何でも歓迎します」


「あぁーなるほど、上手く回収かいしゅうしたわね。これで改宗かいしゅうしてくれる人、続出ってわけか。って、おいこら」


 水平チョップ(ツッコミ)を彼に入れる。

 笑いがそこかしこで起こる。


 これは……『波』ビッグウェーブがそこまで来ている!

 乗るしかない!




「WEB投稿サイトのようにランキングを気にする事もありません。なんせ毎回作る部誌は50部ぐらいの配布ですから」


「いや、もうちょっと作りたいよ。でもそれ、わりと部長のせいだからね。部長全然作品書かないし!!!」


 『作品書かないし』の所でドッと爆笑が起こる。

 波に乗った!




「でも、どこかに読んで刺さってくれる人はいます。僕達は、その少数の人と自分自身のため、日々──」


「日々何してるの? そこ重要だよ! 頼むよ部長!」


 だが、神代君が次の言葉を言おうとした瞬間……

 チーン、呼び鈴が鳴った。

 タイムアップの合図だ。


「それは部室へ来て、その目で確かめてください」

「あ、あと編集をして、誤字脱字を指摘して快感を得たい人は特に募集していますのでよろしく」


 ひとしきり笑いが起こった後、みんなにめっちゃ拍手される中を退場する。

 わたしは顔が真っ赤っ赤になるのを感じた。


「どうしようわたし、もうお嫁に行けないッ!」

 つい言ってしまった。


「これだけ見てたら、来てくれるもの好きが一人くらいはいるだろうさ!」


 更に笑いが起こる。

 歩きながら、恥ずかしさで頭に火が点いた。


「もの好きとはなんだっ!」

 ポケットからミニハリセンを出して、彼を後ろからペチペチとひっぱたいた。


「日々こういうことをしていまーーーーすっ!」


 神代君は、わざとらしく回転しながら退場した。

 あぁぁぁ、もう……もうどうにでもなーれ!


「小説が書けなくても大丈夫だから~。読んだり編集するだけでも、部誌に名前が残るから~」


 わたしは大声でそう言い残し、神代君を追撃しながら退場した。

 もう一度、大爆笑が起こる。



 次の番を待っていた映画研究会の二人が、恨めしそうにわたし達を見ていた。

 やりにくいだろうなぁ、この後。


 ……学園祭で彼らが暴れた結果、こっちは掲示物が許可されない迷惑を被ったからお互い様である。心のなかで『ざまぁwww』しておいた。



 ◇◇◇



 落ち着いたら神代君と六島さんの関係を改めて問い詰めよう。

 そう思いながら部室へ戻ると……すでに六島さんが来ていた。


 さすがに本人がいる前で聞くのはまずい。


 ……彼女は呆然と立ち尽くしていた。

 そして、『占いより……早い……なぜ』そう言ったような気がした。


 混乱しているのだろうか。

 そりゃあ、これだけ部屋が散乱しているとそうなるわね。


 わたし達に気がつくと、手にしていた紙束を隠し部屋の本棚に戻した。

 一枚の葉書を除いて。──彼女はそれを自然にポケットへ入れた。


 彼女は万感の思いを込めたような顔つきで神代君を見つめ、スゥとひと呼吸。

 それから、何かを言おうと口を開き──


 だけど、その綺麗な口からは何も言葉が出ることはなくて……。


〈片付けて!(# ゚Д゚)〉

 お気持ちノートで顔文字付きのお叱りが出ただけだった。


「わるいな」

「ごめん、すぐ片付けるから」

 わたしと神代君はそう言って、散らかった部誌の片付けを開始した。



 ポケットに入れた一枚で後から厄介な事になるのだが、この時は気づかなかった。





活動日誌:4月10日

  八巻:クラブ説明会で笑いを取る。

  神代:同上。なお、構想中の小説設定をオールリセットした。執筆0行


  ※ わたし達は部誌のタペストリーを引き継ぎ、紡いでいかなければならない。

    それは、『ここで生きていた人達の歴史』そのものだから。



次回予告:『夢は、起こらなかった"可能性"』

部室見学に沢山の人が訪れて疲れた八巻。屋上で束の間の休息をしていたのだが。

意外な人物がお願いに訪れる。


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