第51話(下):『死ねばいいってもんじゃない』


 ◆ ◆ ◆ ◆


 八巻さんは部誌を閉じると長机に置いて、その表紙をスッとなぞった。


「うん、大体わかったわ。この部誌が神代君の探していた『アレ』ね」


「……大体って?」


 往生際が悪いのはわかってる。

 だけど、最後のあがきですっとぼけてみた。


「大体は大体よ。──いつまでも隠そうとするのはカッコ悪いよ」


 その言い方はどこまでも優しくて。

 逆に僕は逃げ場がなくなった。


 ああ、バレてる。完璧にバレてる。


 僕は観念して、フゥと息を吐いた。

 長机に置かれた部誌をそっと手に取る。


「これは実の父、そして母が作った部誌だ。載っているのはその作品」


 ◆◆◆


 幼い頃、実の父は僕と母を残して死んだ。

 父の作品を読ませてもらうという、僕との約束は果たされなかった。


 三年前母は今の父と再婚し、僕も名字が変わった。

 新居へ引っ越す際、母は実父の残したものを全て処分した。


 元々ほとんど何も残っていなかったが……、遺言だったらしい。

 『きれいさっぱり捨てて、進んでくれ』と。

 それでも、新居への引っ越し直前まで捨てるかどうかを母は迷っていた。


 『やっぱり、先に進まないとね』

 あのときの決意に満ちた母の横顔を、今も覚えている。


 僕も、わずかに残っていた実父の蔵書『モモ』や『果てしない物語』を廃棄した。

 別の思い出と『蔵本一希』の存在も、一緒に。


 だけど、果たせなかった約束は心残りだった。

 ……僕は父が在籍したという、大都会県立東高校へ来た。


 そして──ついに見つけた。

 それは小説とも呼べない、途中で止まった文章。


 でも、そこには確かに『叫び』があった。

 体を病におかされながら、それでも命を燃やそうとした『人』の言葉が。


「……無茶しすぎだよ、父さん」

 思わず口に出た。

 その無茶の結果が今の僕だと思うと……文句も言えない。


 ◆◆◆


「……という訳なんだ。無茶しすぎだよ、父さんは」

「なるほどね」


 ピーピーピー

 僕と八巻さん、二人のスマホにセットしたアラームが鳴り始めた。


「もっと色々聞きたいけど、今は説明会よ」

 八巻さんは静かに立ち上がり、髪を後ろで束ねた。


「散らかった部屋、どうするんだ?」

「後でなんとかすればいいじゃない。六島さんも来る予定でしょ?」


 ポケットからヘアゴムを取り出し、きゅっとくくる。


 髪が伸びてうっとうしくなったのか、フルパワーを出す時は髪を後ろでまとめてゴムで結ぶクセがついたらしい。


 そんな彼女の仕草がちょっと新鮮で──いや、あまりジロジロ見ると怒られるな。


「……わかった」


 僕は、手に取った部誌と父が書いた手紙(?)をカバンに押し込んだ。

 これだけは、八巻さん以外に見せられない。


 ……特に六島さんには、絶対見せられない。

 『蔵本一希』が誰なのかわかってしまうと、


「それじゃあ、先に行くわ」

 そう言うと、八巻さんはカンペの紙をポケットに入れて走り出した。


「ちょ、待てよ。てか、廊下は走るな!」

 あわてて僕も追いかけた。

 こんな時にフルパワー使わなくてもいいのに。


 桜の花びらがひらひらと僕達に降り注ぐ。


 彼女の背中を見ながら、胸の奥に言葉が浮かぶ。

 父さんの『続き』は、僕が継ぐから……。





次回予告:『新入生クラブ説明会”文芸部は例えるならば浄土仏教です”』

一年生達を前に、八巻は痛恨のミスをしていた!

だが、神代は言う「大丈夫。いつも部室でやってる通りでいいんだ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る