第37話:吉備津▓神社の謎(解答編)


「僕の画像を見て、何か気がつくことはない?」


 彼の解答編が始まった。


 わたしは長机前のパイプ椅子に、神代君はその斜め向こうにあるパイプ椅子にそれぞれ座っている。


「えーと、私の知っている吉備津神社にこんな風景なかったかな……これ本当に吉備津きびつ神社なの? 同じ名前なのに、別の場所みたい」


「君のスマホにも、神社の画像はない?」

「あるわよ、ほら」


 そう言って、一枚画像を表示させる。

 備前焼の狛犬前でわたしと家族が写っている。


 この狛犬、かわいい……。


「狛犬じゃなくて、石碑に何と書いてある?」


 "吉備津▓神社"そう書いてある……改めて言われるまで気が付かなかったけど、吉備津の後ろに一文字余分に"▓"が付いていた。これは──


「その文字は『ひこ』だよ」


吉備津きびつ……ひこ……神社。あれ、"彦"なんて最初から入ってたっけ?」

「入ってる。実は僕たち、"一文字違いの神社"に行ってたんだ」


 あまりにも虚を付かれて、わたしに衝撃が走った。

 そんなこと、あるの?


 神代君はタブレットPCを取り出して、二つのホームページを表示させた。


「とりあえず、これを見てほしい」

 画面には『吉備津神社』と『吉備津彦神社』の文字が並んでいる。


「ほぼ同じ名前の神社ホームページが二つ……」

「そう、一文字違いだけど、これは全く別の神社なんだ」


「どうしてこんな紛らわしいことになってるの?」


「元々は吉備津彦神社が吉備津神社だったけど、色々な経緯があって近い場所に分社して吉備津神社になって、元々の方は吉備津彦神社になったんだ。別の神社だけど、まつられているのは同じ神様。頭は2つあるけど体は1つみたいなイメージだろうか」


 ……すいません、理解が追いつかなくて頭が痛いです。


「いわれは置いといて。八巻さん一家は長年『吉備津彦神社』を『吉備津神社』だと思ってお参りしてたってことだ。"彦"なんて、知らない人間からすればささいな事だから。で、僕は『吉備津神社』に行ったから、会えなかった」


 わたしはあぜんとした。

 そんなことがあるなんて──。


「大都会駅から電車に乗ると、吉備津彦神社の最寄り駅へ先に到達する。窓から神社が見えるせいで間違えて下車して、そのままお参りする方が意外といるんだ」


 ……そういえば、おとーさんが言ってたっけ。

 引っ越してきた時に近所の人に「初詣は吉備津神社がいいよ」って言われて、電車で向かったらそれらしき神社が見えて、そこにお参りしたって。

 で、その時から間違えてたってことか。


「とはいえ、実は僕も過去の部誌に載っていたミステリー作品で知ったんだ。その作品はアリバイのトリックとして使っていた」


 彼は、開いた部誌をわたしに見せてくる。

 えーと、どれどれ……


 ◇ ◆ ◇ ◆


 容疑者を追い詰める探偵Q。だが、容疑者はアリバイがあると言う。

 御札の真ん中辺りで手に取り、探偵に見せる容疑者。

 容疑者「その時間は吉備津神社へ行っておってな、この通り御札もある」

 警部補「電車の時間から逆算すると、犯行後吉備津神社へ戻るのは不可能か」

 探偵Q「ちょっと──その御札を持つ手を下にずらしていただけますか?」

 容疑者「一体何の意味がある? 私にはアリバイが……」

 探偵Q「んー、見られるとまずいのでしょうか? それとも文字が読めない?」

 容疑者「そう、読めない文字"▓"が入っているのだ──」

 探偵Q「読めないなら、私が教えましょう。その"▓"は、『彦』です」

 警部補「!!! 吉備津彦だと吉備津より現場に近い。計算上とんぼ返りも可能です」

 容疑者「グヌヌヌヌ……」


 ◇ ◆ ◇ ◆


「僕はここの人間だけどこれを読むまで知らなかった。移住してきた人ならなおさら仕方ないよ」


 神代君がなぐさめるように言うけれど、わたしのショックは大きかった。

 ……帰ったら、おとーさんに八つ当たりでかかと落としをお見舞いしておこう。



 ◇◇◇



「じゃあ、わたしの計画は最初から無駄だったってこと?」


 せっかく着物を着て、偶然会ったふりをして一緒にお参りする作戦を立てたのに。

 最初から場所が違ってたなんて……素直に一緒に行く約束をすればよかった。


「計画が何なのかはわからないけど……まあ、そういうことかな」


 神代君は苦笑いを浮かべている。

 わたしの計画なんて、実はバレバレだったのかもしれない。


 パイプ椅子に座ったまま、長机に突っ伏す。

「そのマシュマロ食べてみたかった」


 本当はマシュマロなんでどうでもよかったけど、落ち込んだ顔を見せたくない。


「なんだ、一緒に行きたかったのか?」


 わたしの心臓が飛び跳ねた。


「い、いや別に……せっかく着物姿だし、見てもらおうと思っただけだから」


 違うぞ、わたし。

 そこは素直に行きたいって言わなきゃ。


「見てもらうだけならさっきの画像で十分じゃないか?」


 ほら、やっぱり勘違いされた。

 素直になれない自分がちょっと情けない。


 神代君が、フゥとため息をついた。

 タブレットPCをカバンに入れ、帰り支度を始める。


「なあ、今日はもう部活やめよう」


 書けなくても必ず部室に来る神代君が、部活をサボろうって言うなんて珍しい。


「僕は八巻さんが食べたっていうクロワッサンたい焼きを食べに行きたい」


「ま、まぁ、おごってくれるなら一緒に行ってあげてもいいよ」


 わたしはできるだけ平静を装って答えた。

 素直に『嬉しい』『行きたい』と言えればいいのに──なんて、心の中で小さくつぶやいた。


「わたしは四季ちゃんが気に入ったっていうマシュマロを食べてみたいし」


 言ってから気がついた。これってデートだよね。

 初詣の計画は失敗したけれど、結果オーライというか……。



 ◇◇◇



〈あんとクリームそれからポテトを二尾ずつください〉


 まさか先客がいるとは思わなかった。


 とっくに三が日は終わっていたけど、吉備津彦神社前の屋台はまだ何店舗か残っていた。

 お目当てのクロワッサンたい焼きを売るキッチンカーもまだ営業していた。


 ……そして、六島さんがかなりの量を注文していた。


「六島さん、今日バイトだから早く帰るって言わなかった?」

〈バイトは本当。ちょっと時間があるから〉


「また、食べたくなったのね?」

 彼女はこくこくとうなずいた。


「あけおめ。って、そんなに食べて大丈夫なのか?」

〈ことよろ。これは両親への土産用〉


 そう言うと、カバンの中から一尾取り出して、はむはむとかじる。


〈わたしはこれだけ〉

 ああ、そういうこと。


「あんクリポテ二尾ずつお待ちどおさま~」


 車内から声がして、六島さんが受け取ろうと窓口の方を向く。


「なんだか、八巻さんだけおごるというわけにはいかなくなったな……」

「そだね」


「あ、僕が並ぶから八巻さんは待ってて」

 商品を受け取った六島さんの代わりに、神代君が窓口へ向かった。


 六島さんはわたしの所へ来たが、なぜか小首をかしげている。


〈二人はどうしてここに?〉


 ……


 少々気まずい雰囲気が漂う。

 遠くの池で、鴨が一斉に飛び立つ音がした。



「えーと、元旦に"吉備津神社"に来ていたつもりが"吉備津彦神社"に来ていたって判明して……。神代君は"吉備津神社"に行ってて、そこの屋台でちょっと変わった形のきれいなマシュマロを売る屋台があるって神代君が言うから……」


 六島さんの切れ長の目がじっとわたしを見つめている。

 悪いことなんてしていないのに、汗が出てくる。


「ま、まだ時間があるのなら、吉備津神社も一緒に行かない?」


 言いながら気がついた。

 六島さんも元旦は神代君の待ち伏せだったはず。

 なら、ここのことを勘違いしてるんじゃないかと。


〈ここは吉備津彦神社。知ってる〉


 ああ、知ってたんだ。

 ──いや、ちょっとまって。


「じゃあなぜ元旦にここへ来ていたの?」


〈神代君、吉備津と吉備津彦を間違えてこっちへ来ると思って〉


 なるほどね。


「六島さん、それはひどくないか?」


 たい焼きを受け取り、こっちへ来た神代君は悲しそうな顔をしていた。



 蒜山ジャージー牛乳カフェオレのパックをポケットから出して、ストローを刺す。


 クロワッサンたい焼きを一口ガブッとかじる。

 外はサクッとしてて、中はフワっと。


 カフェオレをちゅーっとひと飲み。

 まろやかさが合わさり、心までほっとする。


 この組み合わせ、相性がとても良かった。





次回予告:『グランマ・マート発、神代家へのお誘い』

母から買い忘れ卵を買って帰るようメッセージを受けた八巻。

いつもは素通りする古風な個人商店に入ると……なんで六島さんがここに?


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