部誌第10号「君は誰との運命を望む」

第38話:グランマ・マート発、神代家へのお誘い


『旧校舎解体工事中に生徒2名が行方不明』


 テーブルに広げた新聞のコピーにはそう書かれていた。

 わたしは身を乗り出して記事を読む。


 ほんの小さな三面記事。

 だが6年前、本当にあった出来事らしい。


「この事件はこの記事しか見つからなかった」

「続報は?」


「どこにもなかった。まるで……何もなかったみたいに」

 ……隠蔽いんぺいされた?


「だけど、こういう記事もあった」


『大都会市教育委員会は重大事態と認定し、調査を開始した』

 日付は、行方不明記事からだいたい半年後。


「僕は部誌に載ってた小説『架空に残された少年と追憶する少女』に描かれた男女が、この二名だと思うんだ。いじめの後、何かがあって行方不明になって、一名だけが救助されたんじゃないかな」


「何かって?」

「関係性は不明だけど、実はこういうのがあって」


 そう言うと彼はもう一枚、新聞のコピーを出してきた。

 わりと最近の記事だ。


『匿名・流動型犯罪グループのアジトが強制捜査』

『数名逮捕。数年前から海外の拠点へ人員をスカウトしていた可能性』


「このアジト、住所をググってみたけど学校から結構近い」

「もしかしてその二名、事故じゃなくて本当は海外に連れて行かれてたとか?」


「それはわからない。用務員のおじいさんに聞いたけど、全然答えてくれなかった。古参の先生方も口が固くて、相手にしてもらえなくって……」


 用務員のおじいさんは、この間の誕生会騒ぎの時すれ違いざまに事件の事を示唆していたあの人のことだろう。


 神代は肩をすくめる。

 このミステリー、想像以上に複雑そうね。


「例の小説を書いた人に話を聞くのがいちばん早いのだけど──」


 きぃーんこぉーんかぁーんこぉーん……

 ちょうどその時、チャイムが鳴った。


「見つからない過去の部誌も手詰まり感がある。ま、今日はここまでかな」

「そうね」


 部室を出る前、ホワイトボードに貼り付けられたマグネットで行き先を『帰宅』にした。

 ちなみに六島さんの行き先は『バイト』となっている。


 ◇◇◇


 帰り道を歩いていると、おかーさんからメッセージが届いた。

 おじさん構文ならぬおばさん構文で……。


『🍳卵、買え。母、🐣わすれた。🚫コンビニは禁止。』


 うげ。またお使いか。しかもコンビニ禁止。

 以前コンビニで買ったら消費期限残り1日で、めちゃくちゃ怒られたことがある。


 もうまもなく東駅で、マルちゅうまで戻るのは面倒だ。

 何かいい手はないかしら?


 ふと、目の前にいかにも古風……というか、ボロボロの個人商店が目に入った。

 看板には『グランマ・マート』とある。


「グランマ? おばあちゃんがやってるお店なのかな?」


 わたしが興味深そうに店を見ていると、神代君が言う。


「ああ、ここ。確かにおばあさんが一人でやってる個人店で、かゆいところに手が届く品揃えなんだけど、ちょっと問題があって——」


 わたしは彼の話を遮って店に向かった。


「御託を並べても仕方ない。女は度胸、何でも試してみる精神よ」

「人の話は最後まで聞けよ……」


 神代君が呆れたようにつぶやくけれど、ため息をしながら仕方なくついてくる。


 なんのためらいもなく、自動でない扉を開いた。

 気分は道場破り。たのもー!


 ♪ちゃらら、ららーら、ちゃらららら♪


 店のドアを開けると、◯ァミマに入ったようなメロディーチャイムが鳴った。

 外見はボロいけど、そこは普通なんだ。


 ◇◇◇


 外観同様、店の中は年季が入っていた。

 なのに、なぜだろう。どこかあたたかい空気が流れている。


 店内を見回すと、誰もいない。


 ……と思ったら、奥の方で東高の制服を着た髪の長い少女。

 まるでモデルのような体型に長い髪……どこかで見たような。


 その子は、シャシャシャシャと、すごい速さで商品をチェックしていた。

 陳列されている商品を手に取っては確認して、元に戻したり段ボールに入れたり。


 気がついたのか、こちらを向いた。

 いつものお気持ちノートじゃなくて、Campusの小さなメモ帳を持って——


〈いらっしゃいませ〉


「六島さんじゃない! バイト先ってここだったの?」

 六島さんは小さく頷く。


〈そう〉


 神代が段ボールに入れられた商品を手に取って眺めながら言う。

「六島さん、これ全部一人でやってるの? 大変だね」


 六島さんはこくこくと首を縦に振る。

 そして、メモ帳に何かを書いた。


〈忙しいので、冷やかしなら帰って?〉

 うわ、今日は本音がストレートに出てる。


「これでも一応お客なんですけど」

 わたしは卵を1パック、買い物かごに入れた。


〈どうぞごゆっくり〉



 目的の物は手に入れたけれど、せっかくなので店内を見て回ることにする。


「この店は近所の人の御用達で、買い忘れとかちょっと必要とか、気の利いた物とか、そういったものが得意なんだ。でも、オーナーのおばあさんが一人でやってるから、よく賞味期限が切れた物があるんで、僕はあまりオススメしない」


 わたしは眉をひそめ、小声で彼に言った。

「店の中でそれを言うのは、ちょっとデリカシーに欠けると思わない?」


 豆腐のコーナーを見ると、スーパーで特売される普通の安い物はなくて、地元豆腐店のちょっと良い物が置かれていた。


 ふーん、いいじゃない。

 あ、気の利いた物があるのなら、調査中しているミステリーの解答編が売ってないかしら。


 と思ったら、その隣でなぜか裁縫用具が売られている。

 今日聞いた調査の途中経過を、針と糸で繋いで作品にしろという事なのかな。

 無理な相談か……。


 さらに奥に進むと——蒜山ひるぜんジャージー牛乳カフェオレのパックを発見!


 ちょっと気の利いた物ってこういうことね……と思って手に取ったら、賞味期限がちょうど今日でまでだった。


 あー、なるほどね。



 ◇◇◇



 わたしは期限切れのカフェオレを六島さんに持っていった。

「どうしてここでバイトしてるの?」


 六島さんは受け取ったカフェオレを『廃棄』と書かれた段ボールに入れた後、小首をかしげて、メモ帳に何か書いた。


〈この間たまたま買い物に来て、期限切れをたくさん見つけて持っていった〉

〈そうしたら、見つけるのが上手だからバイトしないかって〉


〈お一人で店をされているおばあちゃんを見ていたら、放っておけなくて〉

 なるほど、六島さんらしい。


 結局、卵と豆腐、それから新しいカフェオレのパックも購入することにした。

 六島さんがレジを操作するのを待っていたがしていると、神代君がスマホをいじっている。


「どうしたの?」


「ばあちゃんからメッセージがあったんだけど、じいちゃんのDVDコレクションがまた見つかったって」


 えー、また鑑賞会するの?

 わたし、ホラーはもう飽きたのよね。


「今度はホラーじゃない。だいぶ昔のアニメらしいのだけれど」


 六島さんがピクピクっと反応した。

 確か彼女は以前、DVDの鑑賞会を神代兄妹の生態を鑑賞する会だと勘違いしていた。


「ばあちゃんが言うには、かなり面白かったらしい」


〈私も参加する〉


 六島さんが手を上げて、アピールしてくる。

 そこまでして神代兄妹ドタバタ劇を見たいの?


「あー、えーと。六島さんも……うちに来たい?」


 神代君がおそるおそる誘う。

 無表情な六島さんが、唇のはじっこを指でくいっと押し上げて、笑顔を作った。


 〈行く〉


 六島さんって無表情なんじゃなくて、顔の筋肉が弱いだけなのかもしれない。

 いや、ちょっと待って?


「——六島さん『も』ということは……わたしは参加する前提?」

「そうだけど」


 神代君が当然という顔をしている。


「もう、勝手に決めないで」

 ポケットからミニハリセンを出して、神代君の頭をぺちんとした。


 ……まあ、行くんだけど。


 レジ袋を受け取りながら、わたしは小さくため息をついた。

 どうしていつもこう、流されてしまうのだろう。


 でも、嫌ではないんだよね……。

 むしろ今からワクワクしている。





次回予告:『ドキドキDVD鑑賞会』

神代の家で、DVD鑑賞会が開催される。八巻に六島それから四季も加わり、ドキドキの……そっちのドキドキじゃない!


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