部誌第9号「吉備津▓神社の謎」

第36話:吉備津▓神社の謎(出題編)


 1月8日、冬休みも明けて始業式の日。

 わたしは部室の入口付近でしゃがみ込み、息を潜めていた。


 ガチャ、扉が開く。


「あけましておめで……あれ。八巻やまきさんもいないのか」


 神代かみしろ君が部室に入ってこようとしたその瞬間、


「おりゃぁぁ!」


 いきなり立ち上がって、ハリセンを振り下ろした。


 ベシンッ!

 ──ドタッ。


 今回は珍しく命中し、彼はそのまま床に沈んだ。


「いってえ! 新年一回目からいきなり何するんだよ!」


 そう言いながら、頭を押さえてわたしを見上げる。

 まったく、のんきな顔をして。


「何って、わかってるくせに」


 ハリセンが壊れてしまったので、追撃をあきらめてジャンク置き場に投げ捨てる。

 そして腕を組んで神代君を見下ろした。

 本当なら、もう一発お見舞いしてやりたいところだけど。


「えーっと……宿題見せる約束してた? でも冬休みの宿題なんて出てないし……」

「違う! 1月1日よ。元旦の行事といえば何?」


 よっこいしょと、彼は立ち上がる。

 "あーもう全部わかったよ"

 そんな顔をしている。


「──お年玉か」


「そうなのよー、高校生になってから自分でなんとかしろって両親からはぜんぜんもらえないし、親戚の小学生に渡さないといけないし。って、フトコロは困ってるけど違う!」


「なら、おせちだ。なんかトラブルあったよね」


「届いたり届かなかったり、見本とは全く違うショボいものが届いたりして大変だよね。うちはおかーさんが面倒だからって毎年お雑煮オンリーだけど、今年は20センチくらいのやたら長くて立派な餅が突き刺さるように入っていてびっくりしたわ。ってそうじゃない!」


 ハァ、ハァ……

 一気にまくしたてるのは、体力がいる。


「神代君、わざと外して言ってない?」

「そういう八巻さんこそ、お雑煮画像見せながらって、ノリノリじゃないか?」


「ちなみに同じ餅を使ったきなこ餅タワーの画像もあるわよ」


 スマホをスワイプする。


 焼きすぎてほぼ炭となった餅が、皿の上にそそり立っていた。

 きな粉は申し訳程度にしかかかっていない。


「なんでそんな画像写すんだよ……ハハハハハ」

「お目出度かったからだろうね……ウフフフフ」


 乾いた笑い声が部室に響く。

 ひとしきり笑った後、わたしはオホンと咳払いした。


「神代君、あけましておめでとうございます」

「今年もどうぞよろしく、八巻さん」


 お互いに、礼。

 あいさつは人間関係の基本だ。



 ◇◇◇



「で、結局何に怒ってたの?」

「初詣よ! せっかく着物まで着込んで行ったのに、君は全然来ないんだもの」


「約束なんて別にしてなかったと思うんだが……」

 そう。実を言うと、特に初詣の約束なんてしていなかった。


 でも、毎年家族で吉備津きびつ神社にお参りしているって話をしたことがあったから、もしかしたら偶然会えるかもしれないって思って。

 それで、母に頼み込んで着物を借りて、バッチリ決めて行ったのに。


 ちょっとだけ会いたかった──なんて、言えるわけもなく。

「あーあ、残念だったわぁ。六島さんと偶然会って、彼女も着物だったのに」


 六島さんも〈偶然よ〉とお気持ちノートで誤魔化していた。

 だけど、偶然を装って来ていたのはバッチリの着物から明らかだった。


 神代君の表情が一瞬曇る。

 彼女の名前が出ると、ほんの少し微妙な感じになる。


「それは……ちょっと行きたかったかな……」


 着物美少女二人に挟まれなかったことを少し悔やんでいるようだ。

 そういうことにしておこう。


「それで、偶然会って何をしてたんだい?」

「普通よ。お参りして、屋台でたい焼き食べて……」


 たい焼きを食べながら、お互いが掛けたお願いを探り合う展開となっていた。


 六島さんは無表情のまま、お気持ちノートに〈マキマキのお願いが気になる〉って書いて、わたしも負けじと「教えてくれたら教えてあげる」なんて言って……


 結局、お互い『神代君が原稿を書きますように』って同じお願いをしてたって分かった時は、なんだか変な雰囲気になって二人一緒に笑ってしまったっけ。


「……原稿を書きますように」


「えっ、今何か言った?」

「ううん、なんでもない」


 ちょっと口走ってしまった。



 ◇◇◇



「まあ、それはいいとして」

 神代君が相変わらず執筆できていないのは良くないけど。


「本当に神代君も初詣行ったの? 家族写真とか撮ってる?」

「いや、そんな証拠を求めるような──ほら、この通り、撮ったよ。」


 神代君がスマホの画像を見せてくれる。確かに吉備津神社と書いている石碑の前で、神代一家が写っている。お父さんと、お母さんと、美人で出来た妹の四季ちゃんと──


 ……こう集まった状態を見ると、よくわかる。神代一希君と神代四季ちゃんだけではなく、一希君とお父さん、四季ちゃんとお母さんが全く似ていない……


 そもそも四季ちゃんが金髪なのに、両親がザ・日本人ってどういうことでしょう?

 ──ここで深く考えるのはやめよう。それよりも画像にものすごく違和感が。


 ちなみに、吉備津神社は桃太郎のモデルとなった神様がまつられているらしい。

 他にも退治された鬼をまつった場所もあるそうだけど、わたしは見たことがない。

 探しても見つからなかった……それはいいか。


「この風景は見たことないけど、確かに行ってるわね。でも、どうして会わなかったの?」


 神代君は1月1日に吉備津神社に行った。

 わたしも行った。

 なのに、なぜか会わなかった。

 神社はそんなに広くないし。

 お参りする時間帯だってそんなに変わらないはずなのに。


「これって、不思議だけど。ミステリーなのかな?」


 わたしがそう言うと、神代は何か思い当たることがあるような顔をした。


「八巻さん、ちょっと質問があるんだけど」

「何よ?」


「屋台はどれくらいあった?」

 え? なんでそんなこと聞くの?


「5店くらいだったかな」

「僕ら一家は10店舗以上を見かけた」


 意図がよくわからない。


「その中に、変わった店はあった?」

「そうそう、六島さんと一緒に食べた屋台がクロワッサンたい焼きだった。最近だと珍しいなと思って。結構美味しかった」


 神代は何かを確認するように頷く。


「僕らは普通のたい焼き屋しか見つけられなかった。代わりに変わった形のきれいなマシュマロを売る店を見つけたけど、君は見た? 四季が気に入って、買っていたのだが」

「そんなの、なかったわ」


「最後にもう一つ、電車で行ったのなら降りた駅を教えてくれ。覚えていないなら、始発駅から何駅目で降りたかを頼む」


 んー、駅名は覚えてないなぁ、途中うとうとしてたし。


「たぶん……三駅目で降りてる。わたし達一家以外はちらほらとしか降りないから、毎年ここでよかったのかなって不安になる」


「僕達一家は四駅目で降りているんだ」


 神代の表情が、『やっぱり』という感じに変わった

 まるで謎が解けたみたいに。


「八巻さん一家って、確か県外から移住してきたんだよね」

「そう。わたしが幼い頃、東北から引っ越してきたって聞いてる」


 生まれたのはこことは違う。

 だけど、引っ越す前の記憶は、まったくない。

 ここ大都会県がわたしの故郷だ。


「でも、それが何の関係があるの?」

「一応」


 わたしには、彼が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。


 神代君は、窓の方へ歩いていって、カーテンを閉じる。

 暗転させたつもりだろうか?



「えー、知っていれば単純なのに、知らないと全くわからない。日常のスキマにミステリーは潜んでいる。世の中なんて、結構そんなものなんです」



 そう言うと、彼は急に格好をつけてくるりと回転して、あさっての方向を向く。

 誰に向かっているんだか。



「何が言いたいのかと言うと、実はとっても簡単なトリックなんです」



 彼はなにもない空中をビシッと指差す。



「トリックと言うべきではないのかもしれません。勘違いの方が近い」



 また、別の方角を見て決めポーズ。

 霊が見えるとかはやめてよ? 怖いから。



「僕は一応、解けました。あなたはこの謎、どう解きますか?」



 さっきから、いったい誰に話しかけているのだろう。

 わたしではなくて、これを見ているがいたりするの?

 なんてね。


 ──神代君、冬休みは何か推理モノのDVDを見ていたな?

 古畑とか?


 わたしは正直推理は苦手だ。

 でも、彼の謎解きには少しワクワクしている。



「じゃあ聞かせてよ。そのトリック」





次回予告:『吉備津▓神社の謎(解答編)』

ググれば一発でわかりますが、ぜひ推理していただきたく存じます。

解答編を見ると「そんな馬鹿な!」そう思われるかもしれません。

でも、その罠にはまる人もいます。それは作者でして……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る