第35話:焦げたサンタパンに意味はある(苦いけど美味しい)


 部室に入ってきたのは、ゴリラ人間。

 いや、『生徒が名前でなく番号で呼ばれる』学校の教師だった。


「私の名前は松原。そこの歴川れきかわ君の担任をしている」


 背後には七日市なのかいち先生と、さらにVサインをする六島むしまさんの姿もあった。

 助けを呼びに行ってくれたらしい。


「二日前から行方不明でね。まさかと思ってお邪魔したが、ここに来たとは……」

 松原先生はそう言って細い目を更に細めた。


「不祥事を起こす部は廃部です! 今すぐ廃部!」

 後ろの方で、七日市先生が騒いでいる。


 六島さんが、何か書いて見せている。

〈私達は被害者ですから〉

 多分なだめているのだろう。


 でも、〈今潰すと何度でもよみがえりますよ?〉と書いて消した跡が。

 ……それ絶対あおってるよね。


 松原先生はもう一度目を細め、静かに諭した。


「穏便にしてやってください。表沙汰になると、そちらもウチも困るでしょう。それに、彼のためにもよくありません」


 ひとしきりまくしたてて落ち着いたのか、七日市先生は渋々うなずいた。


「今日はもう片付けて早く帰るように」

 わたし達にそう告げると、部室前から去ってしまった。



「うーん、俺はどうしていたんだ……」


 歴川が目を覚ました。

 ──が、眼の前にある松原先生の顔を見て、


「ドラム缶……押します……押させてください……」


 そう言いながらまた気絶した。

 よっぽどトラウマなんだろう。


「しっかりしてください」


 バシッ!


 松原先生は容赦なくビンタをかました。


「ぶべしっ。あ、先生。おはようございます」


 歴川は再び目を覚ましたが、部室の空気が一瞬で凍った。


「それはやめてください。僕が何故暴力を使わなかったのかわかりますか?」


 神代君がそう言うと、ギロリと松原先生が神代君をにらむ。

 だが先生はすぐに目を細め、表情がわからなくなった。


「そうだな、君の言う通り。重ねてすまない」


 神代君、やめてください。その人絶対こわいですよ?


 ◇◇◇


「彼はこれから連れ帰る。改めて迷惑をかけた。すまなかった」


 松原先生は深々とわたし達に一礼。

 そして、歴川の肩に手を添えて部室を出ようとしたが、その時──


 "グー"

 偶然だろうか、歴川のお腹が鳴った。


「松原先生すいません、ちょっとだけいいですか」

 神代君が呼び止めた。


「二日も飲まず食わずで歩いたら、そりゃ腹も減るよな」


 彼は購買部の袋ごと歴川に渡し、さらに蒜山ジャージー牛乳カフェオレのパックを三本渡した。


「おにぎりが入ってる。帰りに食べてくれ」


 歴川はそれを受け取り、ぼそりと呟いた。


「お前の言う通りだった……もう俺は勝てる気がしない。……なあ、さっきの物語、いつか本当になるか?」


「あれはお前が捨てた現在いまだ。でも……やり直すなら、別の未来があるかもな」


 歴川はただ「そうか」とだけ言って、松原先生に連れられていった。



 ◇◇◇



 その後、わたし達はまたやって来た七日市先生に追い出されて、近くのスーパー「マルちゅう」のイートインに集まった。


 昼をだいぶ過ぎた時間。


 もうわたしのお腹はライフ0だった。

 減りすぎてお腹と背中がくっつきそうになっている。


 そして、六島さんがカリカリしている。


 手にしたお気持ちノートには〈敵に食料をあげるなんてまるで武田信玄みたい〉とは書いてあったが、〈私のまで渡したなんてバカ?〉と書いて消されていた。


「……スマナイッ! ……スマナイッ!」


 神代君が何度も謝っているけど、六島さんに激しく同意しておく。

 あんな奴に食べさせるパンも、飲ませる蒜山ジャージー牛乳カフェオレもない。


 特にカフェオレは全部わたしの物よ。


世知恵よちえ、相変わらずカフェオレ好きだね~」


 いつのまにか智絵里ちえりおねーちゃんが隣に座っていた。


「なんでいんの?」

「ずいぶんな言い方ね~。お母さんに言われて心配で来たのに~」


 そして、神代君の隣には妹の神代四季ちゃんが座っていた。


「なんで四季がここに?」

「柿本先輩から連絡きたから」


 ぐりぐりぐり


「いたいいたい、なんで兄ぃぐりぐりするのー」

「心配で来たのかと期待したじゃないか」


 四季ちゃんは楽しそうに笑ってる。……相変わらず仲いいなこの兄妹。


「大変だったわねぇ。マキマキもダンゴムシ君も」

 柿本透子元部長までいた。

「待ち合わせ時間まで暇なの」


〈そこで私が来ていた先生方を連れて〉

 六島さんは筆談で、今日起こった出来事を伝えていた。

 だけど、神代君が聞かせた物語の部分はなかった。



 ドカッ!



 机の上に、大きな籐のあみかごが置かれる。

 中には大量のパン。全部サンタの形をしている。


 1コ取り出すと、見事に焦げていた。


「失敗作。捨てるのはもったいないから食べて」


 持ってきたのは、このスーパーでパンを焼いている──


「おかーさん、ありがと」

「大変だったわね、世知恵。食べたら早く帰りなさい」


 そう言い残して厨房へ戻っていった。


「これは購買の冷水衛れいすいまもるさんから。みんなに飲んでくれって」

 神代君はカフェオレを全員に配った。


 『歴川に渡した分も含めて、確かに役に立った。やっぱり僕の“無駄なものはない”説は正しい』……と、考えてそうな顔だ。


「僕の思考を読むの、やめてくれないか?」

 いや当てずっぽうなんですけど。


「私お腹すいた。食べてもいいー?」

「四季ちゃんの言うとおり。とりあえず食べようよ!」


 全員でサンタパンにかぶりつく。

 苦いけど、空腹のお腹に染み渡った。



 ◇◇◇



「ねぇ四季ちゃ~ん、東高じゃなくて清心女子来ない~? 一緒に、生徒会やってほし~んだけどぉ~」

「えぇー、兄ぃと一緒の学校行くために頑張ってるんですけどー」


 はいそこのマイ姉! 四季ちゃんを勧誘しない!


「大変だったな神代」

 男子生徒がやってきた。どちら様?


「おお、難波か。どうした」

「ちょっと……待ち合わせしてて……ハハハ」


 そう言うと、難波と呼ばれた彼は透子先輩に軽く手を上げて挨拶する。

 ちょっと恥ずかしそうだ。


 難波君って、前に神代君が試し書きした『ウォーキング大会でクイズに四苦八苦して、班の女子に冷ややかな目で見られる』小説の主人公かな?


「八巻さん大当たり。同じクラスで席も隣なんだ」

「……わたしの思考を読むの、やめてくれない?」


〈彼、噂のカレシですか?〉

「ウフフ、ないしょ」


 六島さん! 先輩が困ること聞かないっ!


 いつの間にか、あちこちで会話の輪が出来ていた。

 ……ああ、これは後からおかーさんに怒られちゃうパターンだわ。



 みんながわいわいしている中、神代君に小声で聞いてみる。


「歴川に聞かせた物語、それなりに良かったけど……君、本当に書けなくなってるの?」

「ゴリラ人間先生に言った事も含めて火事場の馬鹿力だ。右手にその反動が来てる」


 ヒザの上に置かれた右手が、少し震えていた。


「だから、さっきのは部誌に載せないでくれ」

「助けてもらったし、そんなことしないよ」


 みんなから見えないように、彼の手を握った。

「これでどう?」


 安心したのだろう。右手の震えが少しずつ収まるのを感じた。

 わたしはすかさず『本当に聞きたいこと』を、ナイフのように切り込んだ。


「……でも六島さんに読まれるのは嫌なんだ」


 右手がまた震え始める。

「い、いや、そんなことはない」


 もう、確実と言える。

 何か過去にあって、彼は六島さんに読まれたくないんだ。

 いつか彼は理由を話してくれるのだろうか。




 事件は終わったけど、少しビターな後味。


 蒜山ジャージー牛乳カフェオレちゅーっと飲む。

 ──どうせならこれみたいに控えめな甘さで苦みも控えめならいいのに。


 サンタパンを一口かじる。

 苦みと甘みが、胸の奥に残った『事件の後味』と少し似ていた。

 でも、このくらいなら、嫌いじゃない──。



活動日誌:12月24日

  部室に来客(クレーマー)あり。過去の作品について苦情を述べる。

  神代部長が新たに物語を作って聞かせ、満足の上でお帰りいただいた。

  なお、神代部長はそれを書き残さず。執筆0枚。



次回予告:『吉備津▓神社の謎(出題編)』

3学期が始まり、初日からハリセンを受ける神代。

約束をすっぽかしていたらしいが、そもそも約束なんてしていない……



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