第34話:あり得たかもしれない現在(いま)
「物語でやり合う? そんな無駄なもんじゃ俺は倒せねえぜ」
冷たいものが皮膚に食い込んで、わたしは氷のように固まる。
「お前、俺が番号で呼ばれる高校で何されてたか知ってっか」
奴は自分から語り始めた。
「毎日、ドラム缶押しだぞ? 端から端まで押して、また戻す。それから、一日中穴を掘らされる。掘ったら、また埋める。あんなの人間扱いじゃない」
「……それはお前が蒔いた種だろ。それに──僕たちの物語は無駄じゃない」
「中学2年の時、最初からお前が私心なく
「別の? 何いってんだテメェ」
歴川を無視して神代君はポケットからメモ帳を取り出す。
いつか彼に渡した"ダンゴムシ・ノート"だ。
ページを何枚かめくり、ある場所を開く。
でもそこは白紙。
「ここには色々な"あり得たかもしれない
◇ ◆ ◇ ◆
東高はもうすぐ夏休み。
ちょうど終業式の日、高校近くの河原で地域の夏祭りが開催される。
この日はいわば「告白の日」。
毎年祭りで悲喜こもごもが展開される。
次号の部誌用原稿を受け取りながら、僕は歴川と話す。
「いつも寄稿、ありがとうな。サッカー部の練習忙しいんだろ?」
「いいってことよ。まぁ俺文芸部の準部員扱いだし。八巻もいるしな」
歴川は八巻さん狙い。だけどそれもいい。僕もだから。
「な、ちょっといいか。相談なんだけどよ」
「あ、ああ?」
「俺、夏祭りで八巻に告白したい。上手く行くにはどうすればいい?」
「僕も……同じことを考えていた」
「ならやるかぁ? 勝負を」
「恨みっこなしなら、いいよ」
二人で作戦を練った。祭りで互いにアピールした後、花火が見える最高の場所に八巻さんを誘い、そこで告白する。
「3人で夏祭り? あ、いいわよ全然。行く行く」
告白のコの字も言わず八巻さんを誘うと、あっさり承知してくれた。
◇◇◇
当日、橋の上で待つ僕らの前に八巻さんが現れた。
紺地に白と赤の朝顔模様が入った浴衣。淡い水色の帯。
息を呑むほど似合っていた。
髪は後ろでお団子にくくられていて、小さな白い花飾りがあしらわれている。
白いうなじが、きれいだった。
「どう、かな。わたし似合ってるかな?」
「どう思う兄弟?」
「……最高じゃね」
僕と歴川は同時にうなずいた。
と、同時にグーッという音がなる。
「アハハ、着るのに時間がかかっちゃって、おやつ食べてないの」
三人とも笑う。
「俺もちょうど小腹が空いた。屋台回ろうぜ」
「花火まではまだ時間があるし、異論はないよ」
「どこも列が長くて、どれがどれかわからない」
「じゃあ僕が決める。この列にしよう」
……くじ引きの屋台だった。
「なんだ食い物じゃねーのかよ」
「僕のカン当たらないなぁ」
「でも……わたしこれちょっとやってみたい」
ヤケになって僕が何枚か引くと、カニの爪グローブ、光る天使の羽、ハートの杖が当たった。
八巻さんは面白がって全部装備。天使の羽根が生えて、左手がカニの爪、右手にハートの杖の「キメラ魔法少女」が爆誕した。
「兄弟よ、どれくらいの可愛さだと思う?」
「……
「俺はこの列がいいと思うぜ」
歴川が選んだ列は……冷やしキュウリor冷やしパインだった。
まぁ食べ物といえば食べ物だ。
「さっき外したから僕がおごるよ」
「いいの? じゃわたし冷やしきゅうりで」
「俺はパインだ」
八巻さんは意外と渋好みだった。
そして歴川、お前におごるパインはない。
◇◇◇
食べ歩きながら祭りを見て回る間に、人がだいぶ増えてきた。
そろそろ頃合いだな。
「人気のない絶好の場所を知ってるぜ。そっちへ行かないか」
「えー本当! もちろん行くわ。さっきから人多くて暑いし」
歴川のセリフがちょっと棒読みっぽいが、八巻さんは快諾してくれた。
少し歩いてたどり着いたのは、小高い山の展望台。
人は、誰もいない。
「へぇー、こんな所あったんだ」
はしゃぐ八巻さん。
「あ、学校の屋上も見える。下に線路が見えるね」
「新幹線が走ってて、撮影スポットにもなっているんだ」
柵に手をおいて、学校を見つめる。
「毎日ここを遠くから見ていたはずなのに、意外とわからないものなんだね」
やがて花火が上がった。
ドーン。
打ち上げ場所から少し距離があるので、音が遅れて聞こえる。
歴川が肘で僕を突く──先にやれの合図。
先にやるのは歴川だったんだが、ちょっと怖気づいたのか?
まぁいいか。先手必勝だ。
よし。
「ここへ誘ったのは景色だけじゃない」
彼女の方へ一歩進み出る。
「僕は」
「俺は」
──「君のことが好き」
声が重なった。
「だから」
「どちらかを選んでくれ」
ひときわ大きな花が夜空に咲く。
ドーン。
かなり大きな音が響いた。
まるで僕達の告白をどこかへ吹き飛ばすような、そんな感じで……。
「そうだと思った」
八巻さんは笑って言った。
「でも、どちらか選んでって、あまり好きじゃないな。二人ともいいと思ってるし、今の関係は崩したくない」
パラパラパラと、小さい花火がたくさん上がっていた。
クライマックスへ向かう前の小休止。
「だから、二人とも、手を出して」
僕らがちゅうちょしていると……ほら早く! と、急かされた。
八巻さんは僕らの手を両手で握った。
温かい。今の関係を守りたいという彼女の気持ちが伝わってくるようだった。
「答えは二人共『YES』だよ。でもいつかはどっちか選ぶから。卒業まで待って」
言いようのない感情に包まれて……。
そして僕と歴川は顔を見合わせ、笑った。
「勝負は続行だな、兄弟」
クライマックスの花火が一斉に打ち上がり始める。
それは、これから始まる"ラブコメ"がスタートする合図だった──
◇ ◆ ◇ ◆
話を聞いていた歴川の表情が揺らいだ。
「……俺は、こんな可能性を手放して……た……」
きっと娯楽が全くない環境で暮らしたからだろう。
神代君が語って聞かせた物語は奴にめっちゃ効いていた。
ヤック・デカルチャー。
ナイフを握った手が震え始める。
羽交い締めされていた腕に力がなくなっていくのがわかった。
わたしじゃなくてもこんなチャンスは見逃さない。
──フルパワーでいくわよぉ!
奴の腕をつかみ、そのまま腰でかつぐ。
「え、え?」
歴川が困惑している間に──
おりゃああっ!
豪快に投げ飛ばした。
カラン、とナイフは床に落ちる。
部室の反対側まで飛んだ歴川は、ジャンク置き場に顔を突っ込んで気を失った。
神代君はすかさずナイフを部室の扉前へ蹴り飛ばした。
「八巻さん、怪我はない?」
「大丈夫、大丈夫。今日はもうフルパワーできないけどね」
それまで厳しかった神代君の顔がフッとほころんだ。
「うん、よかった」
「絶対来てくれると思ってた。ありがと、相棒」
ガチャリ、ギー
そのとき、部室の扉が開く。
スーツ姿の男の人が入ってきた。
その人は服の上からわかるくらいマッチョで、顔がたいへん特徴的で……。
あだ名を付けるならば、『ゴリラ人間』だろうか。
全身から恐ろしいまでにオーラがにじみ出ていて……冷や汗が出てきた。
このゴリラ人間に逆らってはいけない、本能的にそんな感じがした。
その人はゆっくりとした口調で、わたし達に話しかけてきた。
「すまないね君たち。ウチの生徒、24225番……いや、歴川君がご迷惑をおかけした」
この人、例の『生徒が名前でなく番号で呼ばれる』学校の教師だ!
次回予告:『焦げたサンタパンは意味はある(苦いけど美味しい)』
ゴリラ人間先生は、歴川に厳しく当たるが、神代は情けをかける。
そして戦いの後は
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