部誌第4号「誕生会オブデス」

第16話:本当は楽しんでるでしょう?


 紺色のブレザーに同じ色のリボン。その上に茶色のコート。

 ──あれ、わたしいつの間に中学の制服を着てる?


 ……ああ、これは夢か。過去の記憶を見ているんだ。



 川沿いの公園、神代かみしろ君とベンチに並んで座っていた。


「知らなかった。『わたしが鳥なら良かったのに』って、ああやってなるんだね」


 手を伸ばせば届く。そんな距離で、お互いに缶コーヒーをちびちび。

 勉強会のあと、こうして並んで他愛ない話をするのが恒例になっていた。


 勉強と言っても、わたしが一方的に教わるだけ。


 なにしろ、大怪我で部活を辞めるまでは、勉強なんてしたことがなかったのだ。

 ソフトボール一筋の少女……だったから……。


八巻やまきさんは覚えるのが早いから助かる。このペースなら、あと2週間で中学の内容ぜんぶ終われそう」


 神代君は無駄に成績が良いだけでなく、教える方もうまい。

 だからわたしも、少しずつ自信がついていった。


「それ、もっと覚えが悪い子にも教えてたりするの?」


 突然、横のベンチで誰かが咳き込んだ気がする。気のせい?


 もうすぐ夕方で冷えてきた。

 帰る準備を始めると、神代君は残りの缶コーヒーを一気に飲み干して突然言った。


「ところで八巻さん、行く高校はもう決めた?」


 わたしはキリスト系女子大の付属高校へ行くつもりだった。

 姉が生徒会長で、手伝って欲しいとかなんとか言われている。


「八巻さんが編集担当してくれれば、僕は大作が書けそうな気がする」


 神代君は、ごくりとつばをのみこみ──


「も、もしも。まだ行き先決めてないなら……」


 うん?


「僕と東高校行かない?」


「……え?」


「で、一緒に文芸部に入ってほしいんだ」


 えっ、なにそれ?

 こっここここれ、告白……なのか?



 ブーッ!



 横のベンチに座っている人が、飲み物を吹き出した。

 一部がわたしにかかる。


「うわっ!」と声が出て、わたしはあわてて拭く。

 何をするんだろうこの人、そう思っていると……


 その人がいきなり立ち上がって、こっちへやってくる。


 わたしと神代くんの間にスポッと座ると、白いダウンコートのフードを取った。

 金色の髪がしゅるりと流れ落ち、青みがかっている目でわたしと神代君を見た。


 何この……女の子。


「ちょっとぃ、いくらステディなガールフレンドでも、いきなり愛の告白を始めるのはどうかと思うよ!」


「告白じゃないし。ていうかお前……ついてくるなって言っただろ?」

「えー。だって兄ぃの恋人見たいじゃん。別にいいでしょ、邪魔しないし」


「えーと、神代君とわたしは別に恋人じゃないけど。あなた、どちらさま?」


「すまない八巻さん。こいつは四季しきと言って、僕の妹なんだ」

「よろしくね、マキマキお義姉ねえさん」



 ──兄と妹、容姿からしてぜんぜん似ていなかった。

 なんなんそれ。



 ◇ ◆ ◇ ◆



 ハッ、と目が覚めた。

 枕元の目覚まし時計を見ると、時刻は深夜0時を少し回った所。


 ……やっぱり夢だった。あれは中学2年、11月頃の出来事だったかな。


 あの時、わたしは予備校へ行けなくなっていた。

 おとーさんがちょっとばかりやらかしてスロットで使い込んだ、授業料を出せなかったのだ。


 事情を知った神代君は、わたしにタダで勉強を教えてくれた。

 おかげで高校へ入る事が出来たし、彼には感謝しかない。


 でも、文芸部で『書けない騒動』に付き合うのも、ちょっと面倒に思うこともある。

 高校に入ったら、相棒を解消しても別に良かったはずなのに。


 伸びをして、ベッドから出た。


 ちなみに四季ちゃんがお邪魔してきた後、神代君はわたしと公園から逃走した。

 いきなり手を握られ、思い切り引っ張られて。


 初めて相棒になった時は、ハイタッチですら出来なかったのに……


 四季ちゃんはしつこく追跡してきて、全く意味のない町内大逃走を繰り広げた。

 最後にはわたしの足首が痛んで走れなくなり、捕まってゲームセットとなったけどね。


 その後も神代くんは『東高は前向きに考えとくから』と言うまでわたしの手を放してくれなかった。


「……ちょっと汗かいたかな。着替えとこ」


 夢見が悪かったのかもしれない。

 タオルと着替えを持って洗面所へ向かう。


 鏡をのぞくと、その中のわたしは……少々にやけていた。

 顔がちょっとキモい。


 わたしは鏡の中でにやけるわたしに問いかけた。


 神代君に引っ張られ、騒動に巻き込まれて走り回る日々。

 そこに意味なんてないかもしれないけど、


「本当は楽しんでるでしょ?」


 鏡のわたしから、返事はなかった。



 ブーッ、ブーッ。


 スマホが振動する。

 すぐに確認すると──透子先輩からのメッセージだった。


『リンちゃんを動かすとっておきの方法知りたい? 明日15時、部室で待て』


 神代が急に帰った後もリンちゃんを動かそうとしたが、どうしてもダメだった。

 その後購買の人の話を思い出し、試しに六島さんに相談してみた。

 

 そしたら、透子先輩に聞いてみてはどうかとアドバイスされた。

 で、メッセージを送ったのが、今になって帰ってきたワケ。


「ありがとう、購買のビン底眼鏡おばさん。名前は忘れてしまったけど」


 とっておきって、なんだろう?

 先輩からリンちゃんの扱いは全部教えてもらったはずだけど……


 ベッドに戻ると、今度は神代からメッセージが飛んできた。


『先輩からメッセージ来た?』


『来たよ』


『明日連休最終日だけど八巻さん部室行くよな?』


『うん』


 すぐには眠れず、からかい半分でメッセージを送ってみた。


『B級ホラーDVDで夜ふかしするな また寝ながら歩いて用水路に落ちるよ』


『さっきバイトから帰った。すぐ寝る。八巻さんこそ夜ふかしは美容の大敵』


『君はわたしのおかーさんか? 先輩のメッセージで起きただけなんだけど』


『それこっちのセリフ。もう寝るから。おやすみ』


 ……わたしも『おやすみ』を送ろうとしたが、その前に寝落ちしてしまった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 翌日。

 5分前行動を徹底しているわたしは、2時45分に部室へやって来た。


「ちわー」


 部室には誰もいないけど、とりあえずあいさつ。

 体育会系出身の習慣だ。


 六島さんからもらったミニ髪飾り、ちゃんと付いてるかな。

 割れた手鏡で左側をチェックする。


 テープで補修したままの鏡も、そろそろ新しいのが欲しい。


──なんてやっていたら、もう3時5分。

 まだ誰も来ない。


 誰も居ない部室は普段とちょっと違って見える。


 ……あれ、本棚の上に神棚なんてあったっけ?

 ……本棚の後ろにも本棚がある? その後ろに隠された扉が?


 うちの部室、実は魔境なんじゃ……



 3時15分、やっと神代君がやって来た。


「遅い!」

「ごめん、ちょっと遅れた」


「許してほしかったら答えなさい。わたしいつもと違うけど、どこだと思う?」

「いきなりクイズ? ……ちょっと待って」


 彼が真剣に見つめ、答えを言おうとしたその時。


〈私も呼び出された〉


 六島さんもやって来た。〈惰眠を邪魔する者は処す〉そう書いて消した跡がある。

 おだやかじゃなかったけど、わたしの髪飾りにはすぐ気付いて、軽くうなずいた。



 ブーッ、ブーッ。


 ポケットに入っていたわたしのスマホが振動する。

 先輩からのメッセージだ。



『やっと集まったね』


『今から皆さんに、ちょっとばかり隠し芸を披露してもらいます』


 ……は?


『審査員はリンちゃんです。芸を披露して、リンちゃんが動いたらその人が勝利』


『その子は楽しい雰囲気が好き。だから……3人で芸を披露して、楽しませて』


「先輩、マジで言ってるの……?」




次回予告:『ちくわは穴が空いて見通しがいい』

3人の披露する芸、一体なんなん? そして特別ゲスト登場て部室は更に混乱する。

ところで、ちくわパンってご存知ですか?


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