第15話:その幽霊部員は無駄じゃない


〈こんにちは■■■■八巻さん〉


 幽霊部員となっていた六島さんが部室にやって来た。

 

 よく見るとお気持ちノートに書かれた『こんにちは』の後に『神代くん』と続いていたのが、そこだけグシャっと消されている。


「神代君に用事? 今ウォーキング大会の実行委員に行ってるけど」


 ふるふる

 首をふる六島さん。いつもより振りが速かった。

 照れ、かな?


〈小説の相談、いい?〉


 下の方に『いなくて残念』と書いて、グシャっと消されていた。

 いや、気持ちダダ漏れですけど……。


 彼女はなぜ、そこまで神代くんにこだわるんだろう。

 脳、焼かれてるのかもしれない(※偏見)。


 とはいえ、わたしは編集者。

 小説の相談は、聞かざるを得ない。


「もちろん!」



 ◇



 小説の書き方は大きく分けて二通りある。

 思いつくまま書くタイプと、計画を立てて書くタイプ。


 神代君がまさに前者。

 彼は中学の時、小説を書くことはこうだと言っていた。


『魂を引きずり出して原稿用紙に定着させるんだ』

『空を泳いでる言葉を手ですくって、テキストエディタに流し込むんだ』


 聞いた時はちょっと格好良いと思ったけど、今思えば中二病。


 ……ともかく、彼は地図もコンパスも持たずに旅に出るようなもの。

 突拍子もなく面白い物語が生まれることもあるし、迷子になって終わることもある。


 まぁ、最近はそもそも出発してないんだけど。


 それに対して、六島さんはガチガチの後者。

 しっかり設計して書く。

 逆に計画が立たないと一文字も書けないタイプ。


 6月号の部誌を出す際、担当編集者として彼女の『設計書』を見せてもらった。


 テーマ・目的から始まり、時代背景・舞台設定・キャラクター、物語の要約、して筋書きである『プロット』まで──完璧すぎて、そのまま「小説の書き方」みたいな本に教材として載せたいくらい。


 むしろ、粉にして神代君に飲ませたい。

 少しでも計画してくれれば、滅茶苦茶な文章を私が直す羽目にならなくて済む。

 中学の時、迷走した物語を元に戻すのは大変だった。


 なんだかんだ文句は言ってるけど、正直ふたりとも尊敬している。


 わたしは小説を書こうとしてもダメだったからわかる。

 『書ける』って、本当にすごいことだから。



 ◇



 六島さんは少し首をかしげた後、カバンから一枚の原稿用紙を出してきた。

 読んで、ということだろう。


「読ませてもらうね」


 受け取った原稿を早速読むと、こう書かれていた。


『孤独だった私と蔵本君。折角友人になれたのに、彼が差し伸べた手を私は拒んでしまう。修学旅行、すれ違いからの別れと後悔。そんな切ない話』


「ん~?」


 わたしは、すごく変な感じがした。

 神代君が中学の時書いた掌編小説の一作に、こんな場面があったのを思い出した。


『修学旅行の時、意中の人がボッチしてたので一緒に行こうと誘うが断わられる話』


 ……似すぎじゃね?


 人の想像力はわりと限りがあって、小説なんかでアイデアがぶつかるのはよくあることだけど……。


 六島さんがパクリ? そんなことはありえない。

 神代君の原稿は私が保管しているし、正直な彼女がそんなことするはずがない。


 よし、編集長・八巻世知恵、ここは独断で対処する!

 ──気付かなかったことにしよう。


「いい感じだと思うよ。プロットとか第一稿が出来たらまた見せて」


 六島さんはこくこくとうなずき、原稿をカバンに戻した。



 ◇



「これ、購買のビン底眼鏡おばさんから」


 封筒を六島さんに渡す。

 こくこくして受け取ると、中身を出して読み始める。


 ……文字、細かすぎて見えない。余計に気になる!



〈ちょっと聞きたいのだけど〉


 紙をしまい、突然六島さんが質問してきた。


「ん、どうしたの?」


〈蔵本君って知ってる?〉


 ???


 確かさっき見せてもらった原稿用紙にあったな。

 どうして聞くんだろう。


「ううん……全く聞いたことないかな。下の名前はわかる?」


 ふるふると首を振る。


 六島さんは首をかしげて少し考えた。

 そしてまたノートに文字を書く。


〈神代君って、昔どうだった?〉


 これなら答えられそう。


「わたしがアイツと話すようになったのは、中学2年の時なんだ。その時はただの弱男だったけど、わたしが変に連れ回したせいで今はちょっとズレた屁理屈屋になってしまって……」


 時々責任を痛感する。

 今更だけど、スーパーダーリンっぽくなるよう仕込めばよかった。


〈小学校の時は?〉


 神代君の小学生時代……全然覚えがない。


「うーん、中学1年の時はクラスにいたけど、小学の時はわからないなぁ」


〈残念〉


 ガックリ肩を落とす六島さん。


 質問の意図はわからないけど、本人に聞いたほうがいい。

 そう言葉に出そうとした瞬間。


 ガチャッ!


 部室の扉が勢いよく開く。


「うぃーっす」


 神代君が帰ってきた。


「いやーもう最悪。実行委員がウォーキングのチェックポイントで使うクイズを作れって無茶振りするし。書こうとしたらペンは壊れるし……あ、六島さん……」


 神代君は、やっぱり壊れたロボットみたいにギクシャクし始める。


「ガシャン、ガシャン」

「……ロボットの真似やめて」


「ワ、ワンニチコ」

「わざとだよね、それ」


 六島さんは首をこくこくしてあいさつした後、私に見せたページを神代君にも見せる。


〈神代君って、昔どうだった?〉


 彼は一瞬フリーズした後、語り始める。


「そうだな、八巻さんに会う前……僕はダンゴムシだったんだ……」


 そういうこと聞かれてるわけじゃないから。


「中学2年の10月14日だったよね。八巻さんが僕の席を不法占拠してたのって」


 ちょ、ちょっと待った!

 その記憶、美化済なんだから掘り返さないでぇー!


「確かあの時言ってた。怪我でギプスしているせいで動きづらから、1番後ろで座りやすい僕の席を占拠したって」


 悪かった、悪かったから。


「僕は抗議したけど、逆に無茶振りしてきたっけ。グラウンドを指さして、『あの場所に戻してくれたら』席を返して良いって」


 ああああ、やめてー! 黙っててー!


「だから僕は八巻さんがもう一度活躍する小説を書いたんだ。それが僕と八巻さんの出会いで、ある意味最悪の誕生日……って、ごめん。今日何月何日だっけ?」


〈10月11日、金曜日〉


「こうしちゃいられない。悪いけど後を頼む!」


 神代君は急いで荷物をまとめる。


「どこへ行くの?」


「プレゼ……いや。ちょっと思いついて、図書館で調べ物!」


 そう言ったかと思うと、すごい勢いで部室からダッシュして行った。

 きっと彼にはファミコンのBボタンが付いているのだろう。


 後には、わたしと六島さんが残された。

 ああもう、状況グチャグチャだよ……。

 ため息が出る。



活動日誌:10月11日

  八巻:六島さんが久しぶりに部室へ来たので、小説の打ち合わせを行う。

  神代:実行委員にクイズ出題を無茶振りされ、書きすぎてペンが壊れる。

     ※ 小説の執筆は0枚。


次回予告:『本当は楽しんでるでしょう?』

八巻は夢で過去を思い出す。神代兄妹、似てないな……?

「リンちゃんを動かすとっておきの方法知りたい?」透子先輩が部室へ誘う。


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