第14話:二十九歳アラサーはおばさんじゃない


「やあ、いらっしゃい」


 購買に入ると、そこにいたのはいつものお婆さん──ではなかった。


 年三十歳前後ってとこかな?

 店員用ユニフォームの上からでも、スタイルの良さがにじみ出てる。


 腰まである髪を、紅白の飾り紐が付いた髪留めでまとめていた。

 そして特徴的なのは、牛乳ビンの底みたいな眼鏡をしていること。


 神代君が不適切コメントしたくなるのも解る気がした。

 主にスタイルのことについてだけど、絶対口にしちゃダメだよ?


「婆さん、いや妹尾せのおさんがちょっと体調を崩されてね。しばらくの間、私がここを預からせてもらうことになった」


 ビン底眼鏡の奥にある目が細くなった。


「ああ、君の事は聞いているよ。『いつもの』だろう?」


 そう言うと、蒜山ひるぜんジャージー牛乳カフェオレがスッとカウンターに出てきた。

 ……このビン底眼鏡嬢、デキる。


「この商品、君ぐらいしか買わないらしいけど、婆さんが『絶対に仕入れておけ』ってうるさくてね」


 妹尾のお婆さんは残念だけど、今後も安定してマイフェイバリットが供給されるのはありがたい話だ。


 お代の百五十二円ちょうどをカウンターに置くと、ストローをパックに刺して早速飲み始める。

 わたし以外客はいないし、まぁいいよね。


 ……上品な甘さがMPに変換されていく。


「おばさん、もう一本もらえない?」


 またスッと出てきた。


「まだおばさんじゃない。二十九歳だ」


 ……それ、アラサーって言うやつ。

 日本では一般的に“おばさん”に分類されるけど、まぁ言わないでおこう。


「私は冷水衛れいすいまもると言う。まもるさんと呼んでもらって結構」


 初対面から距離感ゼロで、何気に珍しい名前。

 やっぱり怪しい。


 ま、フェイバリットが供給されるならどうでもいいか。


「本業は占い師みたいなものだが、それだけでは食っていけなくてね」


 へぇ、そうなんだ。


「君、文芸部の子だろう? 私の勤務初日から部長が毎日来てくれる……のはいいが、色々愚痴を言ってるぞ。なんでも編集の女子にいつもハリセンでしばかれるって」


 あいつめ……お望み通り、後で本当にしばいておこう。


「それより」


 衛さんはビンゾコ眼鏡をクイッと持ち上げた。


「もう今日はお客さんが来ないだろうし。何かお困りなら少し見てみようか?」


 そういえば、神代君にこの人の名刺もらってたな。

 昭和臭漂うキャッチコピーを思い出した。


 ……ちょっとだけ、試してみようかな。


 わたしは『部誌の塔』の図を見せる。

 いつでもリベンジ出来るようにポケットに入れているのだ。


「これ、飾りとして作りたかったんですけど、生徒会が許可してくれなくて」


 衛さんはカウンターの上にあった硬貨のうち6枚を取ると、カウンターの上でコインを転がした。

 いや、これで本当に占えるの?


「道具は簡易だが、これでも十分だ。学校に本格的な道具は持ち込めないしな」


 コインがテーブルの上で止まる。最初と最後は表、あとは裏が出ていた。


「どうなんですか?」


 ドキドキしながら聞くと──


「考え方や進み方が誤っている暗示だ。これについては、やめておいたほうがいい」


 回復したばかりのMPがゼロに逆戻り。

 あうぅ……


「考え直す機会が出来たから儲けもの。と思えば良い」


 そう言うと、衛さんはわたしをじっと見る。

 まるでわたしの中身を読み取るみたいに……ステータスでも見てるのだろうか。


「真の目的はこれを作るのではなく、別にあるのだろう」


 ぐっ……見抜かれてる。

 わたし、顔に書いてある……?


「ええと……文芸部がピンチで……部誌をたくさん配布しないといけないんです。だからさっきの飾りを作って目立とうとして……」


 衛さんはまた硬貨を6枚、軽く転がした。

 今回は手前1枚は表で、あとは全部裏だった。


「どうなんですか?」


 ……ビン底眼鏡の向こうで、また目が細まった。


「願いは叶う。もし君が誤っても、仲間が集まってきて何とかしてくれる」


 MP(やる気)が一気に満タンになった

 いいじゃない。思いっきりやろう。


「ただし、『塔』のように急ぐとダメだ。小さい一歩から始めるのがいいだろう」


 だいたいわかった。

 よし、景気付けにカフェオレがもう一本欲しい。


 ──カウンターにスッとパックが出てきた。

 このビン底眼鏡嬢、わかってらっしゃる。


「あ、これウチの部長にツケておいて」

「いや、これは私のオゴリにさせてくれ」


 どっちにしてもラッキー。


「その代わりと言っては何だが、これを君の部にいる長髪の無口少女に渡してくれ」


 古めかしい茶封筒を渡された。紙が数枚入っている感じだ。


「これ何です?」


「ちょっとした占いの結果だ。中身はプライバシーだから見るんじゃないぞ」


 六島さん宛てだろうな……でも、最近部室に来てないし。

 明日渡すかなぁ……と思ったら、衛さんがじっとこちらを見てメガネをクイッと。


「購買にはしばらく来ないだろうが、君が部室にいればその子に会うだろう。疑うなら今日行ってみなさい」


 半信半疑だが、持っておくことにした。


「それから、リンちゃんの不調はテレフォンかオーディエンスを使ったほうがいいぞ」


 何故衛さんがうちのリンちゃんを知っているのか、理解出来なかった。

 神代くんがりんちゃんのことを話したのだろうか。

 とりあえず、礼を言って購買を後にした。


 ……テレフォンは電話として、オーディエンスって何だろう?



    ◇



 部室に戻ると神代君はいなかった。

 ホワイトボードに行き先が書かれていた。


『ウォーキング 大会の実行委員に呼ばれて行ってくる』


 仕方ない。

 蒜山ジャージー牛乳カフェオレを飲むとするか。

 今日のアテは干しバナナを更に干した『ダブル干しバナナ』だ。




 ──ガチャッ、キー。


 部室の扉がきしみながら少し開いた。

 神代君が帰ってきたかな?


「……」


 違った。

 扉の隙間から顔をのぞかせたのは、幽霊部員になっていたもう一人の文芸部員。

 教室でわたしの後ろに座る友人。


〈こんにちは〉


 幽霊部員となっていた六島さんが部室にやって来た。

 お気持ちノートに書かれた『こんにちは』を見せながら。



「……本当に来た!」





次回活動予定:『六島さんが部室へ来るのは無駄じゃない』

しばらく部室に顔を見せなかった六島さんが久々にやって来た。

どうやら小説の相談があるようで──?



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