第17話:ちくわは穴があいてて見通しがいい
「あー、ごめんね。なんか変な事に巻き込んじゃって」
手を合わせて謝るわたし。
六島さんは首をふるふると横に振った。
神代君はフッと笑い、長椅子から立ち上がった。
「別にいいよ。うまくいけば輪転機が動くんだろ? それに、先輩とはいえ挑戦されたからには受けて立たないとね」
やる気満々の目で、神代君はブレザーを脱ぐ。
部室のジャンク置き場から大きな箱を引っ張り出し、シートを床に敷いた。
「トップバッター、神代一希。ひとりツイスター」
え、なにそれ?
「八巻さん、ちょっとこのルーレット回して読んでくれる?」
箱から取り出したルーレットを渡された。
要するにルーレットで指定された色を神代君1人で抑える訳ね。
オッケー。
わたしは渡されたルーレットを回す。
グルグル……ピタッ。
「右手エアー」
エアーって何?
〈指定された手足を空中に浮かせるルール〉
六島さん解説どうも。
神代君は右手を挙げた。
「左手エアー」
左手を挙げる。
「右足エアー」
彼は片足立ちになった。
「左足エアー」
神代君はジャンプする。
まさか、そのまま浮遊するつもりなのか?
「無理!」
神代君は落下して倒れた。
ていうか、全部エアーになるの、逆にすごくない?
ブーッ、ブーッ。
先輩からメッセージ。
『判定どうぞ』
……先輩、どこからか見ているんだろう。
ともあれ、わたしはリンちゃんのスタートボタンを押す。
でも「バリバリッ」と紙が詰まる音──ダメか。
「うーん、本当はだんだんエグい形になって面白いんだけど。今日は運が悪い」
「気にしてないよ。君の運が悪いのはいつものことだし」
六島さんはパイプ椅子に座って、ノートで顔を隠しながらクックックと笑っている。
結構ツボだったみたい。
◇
ここはわたしが八巻家直伝の『一発芸』を披露するしかあるまい。
「二番、八巻。親指外します」
やり方は簡単だ。
まず、両手の親指を第一関節で直角に曲げ、右手の親指関節へ人差し指を重ねる。
次に、曲げた親指の関節同士を重ねる。
重ねた所を右手人差し指で上手に隠すのがポイント。
こうすることで、右と左の親指が合体して一本の親指に見える。
最後の仕上げ。右手をスライドさせると……
「親指が外れたように見えまーす」
「……論外」
神代君、採点が厳しすぎる。
六島さんは仕組みが解らなかったようで、不思議そうに私の右手をスライドさせる。
結果? 聞かないで。
◇
「……」
六島さんは、リンちゃんの前に立ってじっとしていた。
すごく緊張してる。
「六島さん、無理しないでいいんだよ?」
わたしは気を遣って声をかけても、ふるふると首をふる。
やる気は十分らしい。
右の手のひらを開きながら突き出す。
そして、ゆっくりすぼめながら手前に引く。
ピタッと止めたあと、手をまた開いて突き出す──
……これは?
「え、これギャグなの?」
〈タニー・ケイの偉大なギャグを知らないなんて……絶望〉
なんかごめん。時代が違うんだ……
◇
ブーッ、ブーッ。
『全員不合格』
リンちゃんなんて関係なく、先輩が全員アウトを宣言した。
どこで見てるのやら。
『今日は
『罰ゲームとして、全員で"誕生日会"をすること。題して"誕生会オブデス"』
『特別ゲスト呼んであるから、楽しんでねー』
……何企んでるんだろうこの人。
ていうか、その題名はちょっとイマイチだ。
◇◇◇
「こんにちはー。一希
誰かが部室の扉を開けて入ってきた。
東高の制服だけど、金髪ポニテのその子はうちの生徒じゃない。
でもわたしは知っている。
「四季ちゃん、ひさしぶり。どうしたの?」
「マキ
スーパーの袋をドサッと長机に置いた。
六島さんほどではないけど背が高く、170センチ近い。
金色の髪をポニテにしていて、色白でスタイルも良い。
青みがかった目で見つめられたら、そこら辺の男子はイチコロだろう。
「ていうか、四季ちゃん今中2だったよね。その制服どうしたの?」
東高の制服が似合っていた。
ハッ!
まさか兄の神代一希にそんなプレイやこんなプレイをさせられていた?
「神代君最低!」
「何を妄想したのかは知らないけど、絶対に違うからな」
「この制服は、マキ姉ぇのお母さんに借りたんだ」
四季ちゃんがブレザーの襟をめくると、わたしの名前があった。
どうりで制服がちんちくりん気味な訳だ……どーせわたしは並以下の背丈ですよ。
「差し入れもマキ母からだよ。『焼きたてパンの試作品を作りすぎた』だって」
〈四季さん、ようこそ文芸部へ〉
六島さんが筆談で歓迎の意を表したが、その横に『勝手に入って大丈夫?』と書いて消されている。
そうだ。勝手に入ったことがバレたら、わたしたちもヤバくないか。
「透子の姉さんから、今日は顧問とか先生全員いないから大丈夫だって」
「あー、兄でとして補足。透子先輩と僕は同じコンビニでバイトしてるけど、昨日たまたま来た四季に先輩何か吹き込んでた」
やっぱり先輩の仕込みか……。
「しゃーない。ここは腹をくくって誕生日会をしようじゃない」
◇◇◇
「やっぱ、歌わないと格好が付かないかな」
神代一希君が言い出す。
それもそうだ。
「んじゃ、『誕生日の歌』を歌おうか」
「うん、私もそれがいい!」
──こくこく。
みんな頷いて、声を合わせる──はずが。
「それじゃあ行くよ。せーの……」
「おめでとうハッピー……」
「いちばん綺麗な……」
「あなたがくれた……」
「……トゥーユーユー……」
バラバラだ!
みんな全然違う曲だし、誰も『ハッピーバースデートゥーユー』を歌ってない。
「ちょっと待てぃ!」
わたしは笠岡出身のお笑いタレントようにストップをかける。
全員歌うのを止めた。
「なんでみんな別々の歌なの!? 一番普通のやつ歌ってないし!」
なお、わたしも歌ってなかった。
「八巻さんが“誕生日の歌”って言うからだろ。細かい指示がないとこうなるんだよ」
「しかも君の“ハッピー”、本当は“Happy”だ」
細かすぎる!……もう、どうでもいい。
「と、とりあえず歌はクリアしたことにして、次はろうそく……」
〈部室は火気厳禁〉
「ケーキもろうそくもないぞ? 今日は八巻さん、らしくないな」
「ったくもう。君たちわたしを妨害しに来たの?」
「ハーイ、小腹がすいたんでマキ姉ぇのお母さんからもらった新作パンが食べたーい」
四季ちゃん、ナイス判断。
新作パン、一体何だろう?
わくわくしながら袋から出すと……
白くて長細い穴の空いた何かがコッペパンからはみ出している。
「……ちくわパン?」
誕生日に全く似つかわしくなかった。
しかも、飲み物として入っていたのは白バラコーヒー。
いや、雪コもこいつも良いんだけどさ。
甘すぎるんだよって、いつもおかーさんに言ってるのに……
「おかーさん、娘の誕生日にこれはないでしょう」
なんかもう、泣きそうになってきた。
「でもちくわって、穴があいてて見通しがいいって言われるんだよ。お祝いにはピッタリだから!」
四季ちゃんの言葉で、気分が持ち直した。
「こうすると向こうが見えるのか?」
神代一希君がちくわから向こうを見ようとする。
六島さん、四季ちゃんもそれに続く。
「どれどれ、本当に見えるのかな?」
わたしもちくわパンの穴から向こうを見ようとしたら、中にぎっしりツナマヨが詰まっていて何も見えなかった。
「頭から尻尾までツナマヨぎっしりで何も見えない……」
持ち直した気分がまた下がりそう。
「ほ、ほら、その方がオトクな気分になるじゃん」
全く、四季ちゃんは本当にいい子だ。
神代一希君は爪のアカをせんじて飲むべきだと思う。
「もうどうでもよくなってきた。食べるか」
はむっ。
もぎゅもぎゅ。
「あ、『罰ゲーム用に一個だけわさび入ってるから注意してね』って。マキ母が」
……たいへん刺激的でございます、お母様。
次回予告:『わたしのは気づかないのに、そっちは気づくんだ』
かくし芸やった後は、プレゼント交換して、トランプして
……いいよね、この罰ゲーム。そして巻き起こるお約束。
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