第14話 捜査
午後四時過ぎ。
冬の陽は傾き、校舎の長い影が中庭へ伸びていた。正門をくぐったパトカーのサイレンは短く、控えめに鳴っただけで、間もなく静かになった。
私立英明学園――。
創立九十年の伝統校であり、地域では“品行方正なエリートの巣”として知られていた。その部活棟の裏手で、ドレス姿の女子生徒が倒れていた。四階建ての建物、その最上階の屋上から転落したものと見られた。
通報から十五分以内に駆け付けた警官たちにより、ただちに捜査が開始された。現場を指揮するのは、地域管轄署の刑事課に所属する警部補――斎藤平蔵。
「被害者の身元は?」
平蔵が尋ねると、先着していた制服警官が答える。
「3年B組、吉本和華。現場で死亡が確認され、現在、検死中です」
生徒手帳と制服の名札、さらに駆け寄ってきた教員の証言により、身元はすぐに判明した。屋上のフェンスには争った形跡がない。柵の高さは約120センチ、通常の身体能力で乗り越えるのは難しくはないが、それを強制されたような痕跡はどこにもなかった。
「……つまり、自殺の可能性があると?」
「現時点では、それも否定できません」
平蔵は建物を仰ぎ見た。赤茶けた煉瓦風の壁面、その上にぽつんと突き出した屋上のフェンスが見える。白く濁った冬空を背に、フェンスの外縁には、確かに何かが引っかかったような跡があった。靴底か、制服の裾か。
「しかし、事件性が完全に否定されたわけではない。検死の結果を急がせてくれ」
警官は頷き、無線に応答する。
平蔵は無言で屋上への階段を上っていく。
英明学園の屋上は、普段は立ち入り禁止ではない。昼休みには生徒が弁当を広げることもあるし、放課後に軽音楽部や演劇部が練習に使うこともある。校内のルールでは「夜間は施錠」となっているが、その鍵はすべて教員室で管理されていた――はずだった。
「それは……、部長の笹本さんなら、合鍵を持っています」
演劇部の副部長がうつむきながら言った。
「笹本……というと、理事長のお嬢さんだったな」
「はい。……たぶん、それで特別に、許可が出てたんだと思います」
屋上のドアは、壊された形跡もなく、正規の方法で開けられたようだった。転落現場の真上、つまりこのドアの先から、吉本は落ちたと見られている。
床に落ちていたのは、一枚の紙と、演劇部の台本。台本には鉛筆の走り書きで「セリフ変更案」と書かれたメモが挟まれていた。
平蔵は、仏頂面のまま口を開いた。
「被害者は演劇部所属か?」
「はい……今度の県大会で主役をする予定でした……」
生徒の声がかすれる。
部長である笹本の名と、転落した吉本。二人の関係は、今後の捜査において避けては通れない――平蔵はそう確信していた。
数時間後、検死結果が届けられた。
血中から、未指定の薬物が微量だが検出されたという報告だった。
「何か、混ぜられていた可能性があります。量は致死量に達していませんが、判断力を鈍らせるレベルではあったと……」
薬物の種類は、合成系の抗不安剤に近いが、国内では指定されていない新種である可能性があるという。入手経路も、正規のルートではまず不可能だ。
「……自分で飲んだのではない、という線も?」
「それは……ありえます。本人が意図せず摂取した可能性も」
つまり、自殺に見せかけた“事故”や、“他者の関与”の可能性が浮上した瞬間だった。
平蔵は、手帳に一つだけ名前を書き留めた。
――笹本花恋。演劇部部長。理事長の娘。
物語はまだ幕を開けたばかりだった。
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