第17話
せっかくのあたたかな雰囲気は一気に消え去り、気が付けば皆が眉間にシワを寄せることになろうとは、あのとき誰が想像できただろうか。
王都からの早馬は二通の手紙を託されていた。
一つは、王都での辺境伯爵家からの便り。
もう一つは、コーネリアの父からのものだった。
コーネリアの父からは、王都での彼女の評判が落ちているというものだった。
気が付けばコーネリアが王都を発ってから、早一か月近くが経っている。
デビュタントを迎え、さらには例の騒ぎですっかり有名になってしまったのだ。
真意を探り、詳細を聞きたいと願い、茶会などの誘いが数多く来ているらしい。
まさか、侍女を一人ともなっただけで、婚約者でもない男の元へと向かったなどと口が裂けても言えはしない。
最初は傷心のためふさぎ込んでいるからと、誤魔化していたらしい。
だが、どこからもれたのか、コーネリアを助けた辺境伯爵の元へと向かったらしいという噂話が広がってしまったのだとか。
なんとか話を納める為に、療養のために領地へ行っているともみ消しに走ったがそれもうまくいかなかったらしい。
ついては、策を練るために早急に王都へ戻るようにとの内容だった。
これを読んだオードリックは怒りで、顔の表情が一気に消え失せた。
周りの空気が震えるのがわかるほどに、怒りを飲み込んだ。
だが、父からの手紙を読んだコーネリアは冷静だった。
「私の評判など、今更ですわ」
他人事のような口ぶりで話す態度に、逆に怒りを飲み込んでいるのだろうとオードリックは思ったのだが、どうやらそうでもないようで。本気でどうでも良いような顔をして、淡々としているのだった。
「噂の出所は見当がつく」
オードリックの言葉にコーネリアも同意見だった。
そしてもう一通の、王都での辺境伯爵家からの便りに詳細が書かれていた。
噂をばら撒いたのはやはり、コーネリアに危害を加えようとした子息たち。というよりも、主犯格であった子息の親、宰相が行ったことだと言う。
あの一件以来、下位貴族の令嬢に対する事件を含め、王家が主体となって調査を行うと誓った国王の約束はしかと守られていた。高位貴族という名の後ろ盾は取り払われ、厳重かつ公平に聞き取りが行われ、彼らの悪事は次々に露呈していったのだった。
自分の家名を守るために、宰相は必死になって動いていたらしい。
そして、コーネリアの名に傷をつけ、息子は騙されたのだと。あげく、免疫のない辺境伯爵であるオードリックにまでその毒牙が向けられているのだと、王都ではもっぱらの噂になっているらしい。
コーネリアはデビュタントを迎えたばかりの為、夜会にも茶会にもあまり顔を出してはいない。彼女の人となりを知らぬ者達からすれば、噂を信じるなと言う方が難しいのだろう。
キャリスタン伯爵家でもその話に否の声を上げてはみても、侯爵家で宰相の言葉には敵わないのだった。
「あなたの尊厳は、私が必ず守ります」
読み終わった手紙を握りしめ、怒りで震える手を必死に抑えようとするオードリック。今度こそは必ず守ると、二度と関わらないようにすると誓っておきながら。結局はコーネリアを守り切れないでいる。
なぜこんなことになってしまったのかと、その思いが彼を苦しめた。
オードリックの只ならぬ雰囲気に、周りの者も息を呑み見守る事しかできなかった。
翌朝、オードリックとコーネリアは急ぎ王都へと向かった。
それと同時に国王宛てに早馬を走らせた。
周りをジョルダーノ家の騎士たちに守らせ、二人はいざ戦場へと向かうのだった。
数日かけて王都へと出向くと、まずは馬車を変えてコーネリアの実家、キャリスタン家へと向かう。
そこで彼女を客人として迎え続けていた経緯を謝罪。
「いえ、辺境伯爵様のせいではございません。これは娘立っての願いであったのです」
父である伯爵が言うには、どうしてもオードリックと約束したハンカチを渡したいからと、泣いて頼んだと言う。
母親と話し込むコーネリアを抜きに男同士での話の中で、男親としての苦悩を滲ませていた。
自分が傷物だと親切にも教えてくれる友や知人。ならば、自由に生きたいと懇願され、娘コーネリアのことは忘れてくれと告げられた。
その身の潔白は国王も認めてくれたのだからと、何度話し合っても首を縦には振ってくれなかったという。
この約束を果たした後は、誰にも迷惑をかけず静かに過ごすから、今だけは好きにさせて欲しいとまで覚悟を決めていたのだ。
かわいい娘の為に、それが本人の望みならば、愛する人の元へと向かい上手くいってくれればそれが一番だと、そう思っていた。
「巷で流れている娘の噂にも、なんとか抑えられないかと動いては見たのですが。
如何せん相手が侯爵家で宰相とあっては、誰も耳を傾けてくれず。親として情けない話です」
項垂れるように話す伯爵を前に、オードリックは覚悟を決めたように口を開いた。
「伯爵、私は……」
―・―・―
「もう、お話しは終わったのですか?」
応接室から出て来た二人を待ち構えていたかのように、コーネリアが話しかける。
「ああ、終わったよ。全て、恙なくね」
「はい。後はわたくしが必ず」
「オードリック殿。あとは頼みました。よろしくお願いします」
「はい。お任せください」
父とオードリックの話し合いが上手くいったようで、コーネリアも母も安心したように見つめ合いほほ笑んでいた。
話し合いが終わればオードリックは王都の自宅へ戻るか、早馬を出していた国王の元へと向かうのだろう。ならば、自分とはここでお別れだと思い、寂しい思いを抱えながらコーネリアは彼に向かい最後の挨拶をしようと心を決める。
「オードリック様。長旅にもかかわらず、ここまで送っていただきありがとうございました。私のわがままから、辺境伯の地に滞在させていただき心からお礼申し上げます。これからもお身体にお気をつけて、お元気にお過ごしくださいね。
私は遠くから、あなた様の無事をお祈りしております」
無理に作った笑顔は寂しくも美しかった。本当に彼のことを思い、心配をする気持ちがあればこそのその笑顔。無理に引き攣った笑みも、緊張で上ずるような声すらも、オードリックにとっては全てが愛おしかった。
そんなコーネリアの言葉を聞き、受け入れ、そしてオードリックは彼女の前に片膝をついた。
焦がれるような眼差しで、視線をさらすことさえ許さないほどに見据えたその瞳に、コーネリアも熱く見つめ瞳を揺らした。
「コーネリア、愛しています。どうか、私の妻になってはくれないだろうか」
色事も、男女の機微にも疎い、疎すぎる男の求婚。
心躍らせる言葉も、夢みたような演出も、目の前に差し出すはずの指輪すらも見当たらない。そんなプロポーズ。
それでも、だからこそ、彼の言葉は本物で、信じるに値できるとコーネリアは感じた。家族を前にして恥じることも無く、ただただ無骨な男は、まっすぐに一途にその思いを単刀直入に告げることしか出来なかったのだ。
「はい。私をあなたの妻にしてください」
涙を浮かべオードリックの差し出した手を取ると、コーネリアもまた邪気の無い無垢な心と言葉でその愛に答えた。
お互いの愛を確認し合った二人は、コーネリアの両親や使用人たちに祝福をされ、恥ずかしさで照れながらも笑顔を振りまいていた。
「そうなれば良いと思っていたことが現実になった」と、コーネリアの両親は口にした。娘の気持ちがわかっていても、事情が事情だけにこちらからは話を出すことができなかったのだと。そんな苦しい胸のうちを聞かされた。
「必ず、コーネリアを幸せにします」
オードリックの言葉を隣で聞きながら、コーネリアは繋がれた彼の手を強く握り返すのだった。
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