第18話


 オードリックとコーネリアは、キャリスタン伯爵たちからの祝福を受け、そのまま国王の元へと向かった。

 早馬で知らせてあったこともあり、すんなりと国王の元へと通されると、そこには王妃の姿もあった。


 二人の無事な姿を確認し、皆は安堵してくれた。

 そして国王からは「覚悟は決まったのか?」とオードリックへ問いを投げかけた。


「はい。男として覚悟を決めました。

コーネリア・キャリスタンを私の妻にすることをお許しください」


 それは無骨な男の、一生に一度の宣誓であった。


「キャリスタン嬢も、それに否はないのか?」

「はい。心から愛し、お支えすることを誓います」


 初恋同士を実らせた者同士の、まぎれもない心の声だった。


「とても幸せそうだわ。よかったわね」


 妃の暖かい言葉とその表情に、コーネリアは思わず涙ぐみ「はい。とても幸せです」と答えるのだった。


 本来であれば貴族間の婚姻には段取りが必要だ。だが、国王や妃を前にそれらは全て取っ払われ、国王の前で署名をすると、その場で二人の婚姻は認められたのだった。

 これで二人は晴れて夫婦になったのだ。


結婚指輪も花嫁衣裳もない婚姻。


「領地に帰ったら急いで式を挙げよう。今度はちゃんと伯爵家族も呼んで、この婚姻を祝ってもらいたい」

「今度?」

「あ、いや。それは何と言うか、言葉のアレだ、アレ」

「アレですか? ふふふ、アレですね。私はオードリック様の妻になれたことが嬉しいので、お式は急がなくても大丈夫です」

「いや、これはケジメだから。キチンとしたいんだ」


 オードリックの真剣な眼差しに、コーネリアは「はい。オードリック様におまかせします」とほほ笑んで答えた。


「あらあら、まあまあ。これはお式を急いだ方が良いのではなくて?」

「何故だい?」


 妃の言葉に国王が問いかける。


「この調子では、すぐに子宝に恵まれそうですもの。女性にとって花嫁衣装は、一生に一度のことなのよ。お腹が膨れてからでは着たいデザインのドレスが着られなくなってしまうわ。それは残念でしょう?」

「ああ、そういうことか」


 国王夫妻は二人で納得したように微笑んでいた。それをそばで聞いていたオードリック達は、顔を赤らめドギマギしている。そんな二人を暖かく見守る国王夫妻は、すっかり伯父夫婦の顔に変わっているのだった。

 全てが上手く整い、順調に見えるこの婚姻。

 だが、コーネリアに手を出そうとした者達も、悪しく言う者も許したわけでは無い。

 ここからどうやってケリをつけるか。

 オードリックは、守ると誓った言葉は嘘では無いと証明するために、どう動くかを考えていた。


「二人の婚姻を皆に知らしめた方が良いな」

「そうですわね。面白くない噂も蔓延っているようですし、ここはちゃんとした方がよろしいでしょうね」


 オードリックだけではなく、伯父夫婦までもが今回の件には思うところがあるようで。コーネリアを除く三人は頷き合うと、思いを一つにしていた。

 とんだところで最強の見方が付いたと、オードリックはコーネリアの肩を抱きながら意味深に微笑んだ。



 その数日後、すぐに行動を起こした妃により茶会が行われた。

 王宮の中庭で行われたそれは、茶会と呼ぶには仰々しいほど大掛かりなものだった。

 王妃を筆頭に王太子妃も並び、国の高位貴族の夫人や主要な令嬢が呼ばれていた。

 そしてこの日の主役はもちろん、コーネリア。

 急ごしらえではあるが、王妃専属のお針子が腕によりをかけしつらえたドレス。

 その姿は可憐で、そして艶やかであった。

 招待客の間を王妃に手を引かれ現れたコーネリア。その姿を見て眉をひそめる者。小声でひそひそと話し始める者。遠巻きに見る者など、それぞれではあったが、注目を集め興味の対象になったことは間違いがない。


「本日は急であったにもかかわらず、たくさんの方の顔が見られて嬉しいわ。

 皆さんにご紹介したい方がいますの。さ、コーネリア」


 王太子妃とともに少し後ろに控えていたコーネリアは、王妃に呼ばれ一歩前へと進み出る。


「彼女は先日、この国の国境を守り魔獣からも守り続けてくれている、ジョルダーノ辺境伯爵と婚姻を結んだコーネリア・ジョルダーノ夫人です。

 夫のオードリックは国王の甥でもあり、彼の母親は私の親友でもありました。

 私たちは彼らの婚姻を本当に嬉しく思っていますのよ。コーネリア夫人はまだ若いけれど、この国を守り続ける夫を支える、強い意思を持った素晴らしい女性です。

 皆様も、彼らの未来を一緒に喜んでくださるわよね?」


 それはこれから先、コーネリアのバックには王妃と王太子妃が付くから覚悟しておけ!の、意思表明。

 疑問符込みのお願いではあるが、ここで拒否を訴える者は今後一切、王妃と王太子妃からの恩恵が受けられないことの証だった。

 その場に居合わせた者達はお互いの顔を見合わせ、戸惑いながらもひとつ、ふたつと、拍手の波が広がっていく。

 王妃も王太子妃も満足そうに笑みを浮かべていた。

 コーネリアはこの日、王妃や王太子妃のそばを離れることを許されなかった。

 いくら婚姻を結び夫人になったとて、デビュタントを迎えたばかりの娘には百戦錬磨の貴族夫人を相手にすることは難しい。どこでボロが出るかもわからない。

 そして、コーネリアの母は敢えて招待をしなかった。彼女すらも攻撃対象になりかねないのだから。

 反対に、宰相夫人には招待状を出したが欠席の返事があった。

 目の前でこの様子を見せ、夫である宰相に報告させようと思ったのにそれは叶わなかった。だが、派閥の家のものがちゃんと報告してくれるだろうと、その後に期待をする王妃であった。


 その頃、オードリックは秘密裏に動きを見せていた。

 国王への接見の後、国王、王太子とともに話し合いの場を設けた。

 宰相の息子の件は王家主体になり調べている。これを元に宰相を引きずり降ろす手はずを詰めている状態だと言う。

 

「宰相の息子の悪事はボロボロと出て来た。彼をここまで堕落させた親の罪は重い。

 他にも加担した家の者達も同様だ。それらには高額な慰謝料の支払いを命じる。

 爵位を売ってもなお、支払いきれるかわからぬ額だ。一家離散になり路頭に迷う者も出てくるだろうな。

 そして宰相だが、ヤツは調子に乗り過ぎた。引きずり下ろす手はずを整えている」


 国王の言葉を真剣に聞きながら、それでも納得は出来ないオードリックは、

「私は私で天罰を下すまでです」と告げた。


「やはりこれでは納得はせんか? やつらがしてきたことは許せん。だが、何も知らず関係のない領民が苦しむことは望んではおらんのだよ」


「叔父上はお優しいから……。

 わかりました。叔父上に免じて、本人にだけ制裁を加えると誓いましょう」


「そうか? わかってくれたか」


と、国王は安堵した表情を浮かべる。だが、周りを気にせず本人にだけへの制裁だからこそ恐ろしいのだと。王太子は不安そうにオードリックを見つめるのだった。


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