第50話つながる手紙
文化祭が終わってから数日。
朝の冷たい空気に、冬の気配が色濃くなっていた。
その日の昼休み、私の机の中に、一通の小さな封筒が入っていた。
——詩へ
文化祭、おつかれさま。
あのスピーチ、本当に良かった。
……でも、それだけじゃなくて。
少し話したいことがあるから、放課後、屋上に来てくれないか。
湊
名前の書き方も、文面も、いつもの湊らしくて。
でも、どこかほんの少しだけ、真剣な空気が漂っていた。
私は手紙を胸にしまって、放課後、屋上へ向かった。
⸻
鉄の扉を開けると、夕焼けに染まった空が広がっていた。
湊は金網越しに景色を見ていたが、気配に気づいてこちらを振り返った。
「……来てくれて、ありがとな」
「うん。手紙、びっくりしたけど、嬉しかった」
少しの沈黙。
それから、湊がゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。
「詩ってさ、小さい頃から、言葉にするのがちょっと苦手だったよな」
「……そうかも」
「でも、文化祭のとき、すごかった。スピーチでさ、“伝えることを知った”って言ってたろ?
……それ、オレも見てて、すごいと思った」
私は照れくさくなって、コートの袖をぎゅっと握った。
「……ありがとう」
「オレさ、詩が頑張ってるの見ると、ちゃんと向き合わなきゃって思う。
でも……まだ、全部を言葉にするのは難しくてさ」
「うん、わかる。私も……似たような気持ち」
私は頷いた。
言いたいことはたくさんあるのに、どう言えばいいかわからない。
けれど、ここに立って、話しているこの時間が、すごく大切に思えた。
「……春になったらさ、また一緒にどこか行こう」
湊の声が、夕暮れに溶けた。
「うん。行きたい。……約束」
小指を差し出すと、湊はちょっと驚いた顔をして、それから笑って、小指を絡めた。
⸻
はっきり言葉にしなくても、
“伝えたい”って気持ちは、ちゃんとつながってる。
そんなふうに思えた、冬の入り口の空だった。
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