第49話知らなかった想い

スピーチが終わった日の放課後、教室は特別な空気に包まれていた。

準備も後片付けも終わって、みんなが少しだけ、気の抜けたような、穏やかな顔をしている。


私の席には、何枚かの小さな付箋が置かれていた。


「スピーチ、感動したよ!」「パネルすごかった〜!」「また来年も一緒にやろ!」


そんな言葉が、いろんな字で書かれている。


私はひとつひとつを指でなぞって、それからふと湊の方を見た。


彼は、教室の端でパネルの片付けをしていた。

その横顔は、どこか集中していて、でもほんの少しだけ緩んでいるように見えた。


「……湊」


名前を呼ぶと、彼が顔を上げる。


「ん? どうした」


「ありがとう。……スピーチのこと。褒めてくれてたって、真央に聞いた」


「ああ。……あれ、良かったよ。オレ、途中でちょっと目、潤んだもん」


「え、それは……言いすぎ」


「いや、マジで」


湊は笑った。

それが、久しぶりに“いつもの湊”に戻った気がして、私は少しだけほっとした。


「……オレさ、詩に聞きたいことがあるんだけど」


「え?」


「去年の夏祭り、神社でオレが言ったこと……覚えてる?」


「……『また来年も一緒に花火見よう』って、言ってたよね」


湊はこくりと頷いた。


「オレ、本気だったんだ。あのとき。——いや、今でも。

でも、詩がオレの前でちょっとずつ変わってるのに、オレの方が追いつけてない気がして、

どうしていいかわかんなくなってた」


「……そんなの、私も」


私は言葉を詰まらせて、それでも続けた。


「私も、湊の隣にいたいって思った。でも、それが“どういう気持ちなのか”って、自信がなかったから」


ふたりの間に、静かな時間が流れる。


「……でも、今は?」


湊がそっと聞いてくる。


私は少しだけ笑った。


「たぶん、ちゃんと、わかってきた。まだうまく言えないけど——

隣にいると、安心するし、嬉しいし。

……湊の声、ちゃんと聞きたくなる」


湊が何か言いかけたそのとき、真央の声が教室の外から聞こえた。


「詩ー! ちょっと手伝ってー!」


私は湊を見て、小さく笑ってから席を立った。


「……続きは、またあとで」


湊も微笑んでうなずいた。


「うん。またあとで」



知らなかった想いが、少しずつ言葉になって、

ほんの少しだけ、距離が近づいた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る