第48話雨音と、まっすぐな声
スピーチ当日。
朝から降り続く雨は、昼になっても止む気配がなかった。
体育館に集まった全校生徒のざわめきの中、私はステージ袖で深呼吸を繰り返していた。
「……大丈夫、大丈夫……」
ポケットの中に丸めた原稿を握りしめ、声に出さないように自分に言い聞かせる。
装飾係として出るのは私だけ。
でも、あのパネルを描いたのはたしかに自分で、
文化祭を一緒に作った仲間のことを、ちゃんと伝えたくて——
「次、B組代表の三浦詩さん、お願いします」
係の先生の声に、びくりと肩が跳ねた。
だけど私は一歩、足を踏み出した。
⸻
体育館の中央ステージに立つと、照明のせいで客席はよく見えなかった。
だけどそのなかに湊がいること、真央が見守ってくれていることを、私は知っている。
「こんにちは。B組で装飾係を担当していた、三浦詩です」
はじめの一声は、思ったよりちゃんと出た。
けれど途中、少しだけ言葉に詰まりかけたとき、
不意に、体育館の屋根を打つ雨音が耳に届いた。
——夏の雨も、秋の雨も、湊と交わしたささやかな会話も、全部、私の記憶の中にある。
そう思ったら、自然と声がまっすぐになった。
「文化祭の準備の中で、私が嬉しかったのは、誰かが“ありがとう”って言ってくれたことです。
装飾を褒めてもらったときも、うれしくて、それだけで頑張れた気がしました」
一瞬、言葉に迷い、でももう一歩、踏み込む。
「……私は、自分の気持ちを表に出すのが得意じゃなくて。
でも、この文化祭で“伝えること”の大切さを、少しだけ知ることができました」
胸がいっぱいになった。
けれど、それでも、最後の一文はしっかりと声に乗せた。
「関わってくれたすべての人に、ありがとうを伝えたいです。
本当に、ありがとうございました」
礼をして顔を上げた瞬間、拍手の音が耳に届いた。
そして、少し遠くから聞こえた——
「詩ー! すっごくよかったよ!」
真央の声だった。
たしかに届いた、その声に、私は思わず笑ってしまった。
⸻
雨音の中で、まっすぐな声を出せたこと。
それが、ほんの少しだけ、自分を変えてくれる気がしていた。
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