第51話風のにおいが変わった日

 春の空は、どこかぼんやりと霞んで見えた。

それでも、少しずつあたたかさを取り戻していく風に、季節の変わり目を感じる。


新しい学年、新しい教室、新しい時間割。

でも、変わらないものもあった。


「……今年も、また一緒だね」


B組の教室で、湊が隣の席に座りながら、ぽつりとそう言った。


「うん。びっくりした。……でも、ちょっと嬉しかった」


「“ちょっと”って言い方、ずるいな」


「ふふ、そう?」


席替えの結果、私たちはまた隣同士になった。

それだけのことが、なんだか特別に感じるのは、きっと、あの冬を一緒に越えたからだ。


文化祭で交わしたあの約束。

まだ言葉にしきれない想い。

でも、それは確かに、少しずつ、育っている気がする。



昼休み、真央が私の机にやってきて、ペンをくるくる回しながら言った。


「詩ってさ、最近ちょっと雰囲気変わったよね。

なんていうか……空気がやわらかくなった感じ?」


「え、そうかな?」


「うん。なんか、春っぽいっていうか」


「春っぽいって……?」


真央はにやにや笑って肩をすくめた。


「ま、いい意味でってこと。なんかこう……“恋してます”って感じ?」


私は慌てて首を横に振った。


「ち、ちがうよ。そんなの、ないし……」


「ふーん? まあいいけど。——あ、そうそう。今度、放課後にB組でレクリエーションやるってさ。

“新年度最初の交流会”って」


「えっ、また?」


「そう。で、詩と湊も司会に推薦されてたよ? ふたりでやってって」


「……え?」


「うん。たぶん、もう逃げられないと思うけど?」


真央はウィンクして、席に戻っていった。


私は机にうつ伏せになりながら、頬が熱くなっていくのを感じていた。



ほんの少しだけ、風のにおいが変わった気がした。

それが、春のせいなのか、気持ちのせいなのかは、まだわからない。


でも、今年もまたこの席から始まる——そう思うと、ちょっとだけ心が弾んだ。

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