第44話真央のまなざし

「詩、今日ちょっと一緒に帰らない?」


放課後の教室。

片付けをしていた私の背中に、真央の声が届いた。


「……うん、いいよ」


言葉を選びながらも、私は素直に頷いた。

なんとなく——いや、きっと真央は、私の中にある“なにか”に気づいている。


教室を出ると、校舎の影が長く伸びていた。

夏より少しだけ早く訪れる夕暮れが、空をやさしく染めている。


「今日、湊くんと何か話した?」


真央は歩きながら、自然な口調で切り出した。

私は一瞬だけ、返事に迷ってから答える。


「……うん。ちょっとだけ、廊下で」


「そっか。なんかさ、ふたりとも“話したそうにしてるのに、話せてない”って感じがしてたからさ」


真央の声は、やわらかいのに、まっすぐで。

私はごまかすように笑った。


「そんなに分かりやすいかな、私」


「分かるよ。だって、詩って本当は表情に出るタイプだもん。隠してるつもりでも、目が物語ってる」


「……それって、ちょっと恥ずかしいね」


「でも、それがいいとこ」


真央のそういうストレートな言葉に、私は何度も救われてきた。

同時に、自分の不器用さを思い知らされる。


「湊くんのこと、好きなんでしょ?」


その言葉に、私は足を止めた。

歩道の端で、少しだけ、風が強く吹いた。


「……わかんない。昔から一緒にいて、居心地よくて。でも……好きって、どこからなんだろう」


「それ、好きだよ」


真央はあっさりと笑った。

「そういう気持ちがあるなら、それはもう、ちゃんと“恋”だと思うよ」


私は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、小さくうなずいた。


「……ありがとう」


「うん。応援してるよ。詩が笑ってる方が、私、好きだから」



真央のまなざしは、あたたかくて、鋭くて。

そして、ちゃんと私を見てくれていた。


それが、どれだけ心強いことか。

私には、もう、ちゃんと分かっていた。

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