第43話隣じゃない席

放課後の教室には、テーブルを囲んで文化祭の準備をする声が賑やかに響いていた。

「喫茶B組」の看板を作るグループ、メニュー案を出し合うグループ、それぞれが思い思いに動いている。


私は、装飾係の一人として教室の後ろで、画用紙に絵の下描きをしていた。

ふと顔を上げると、斜め向こうの席に湊が座っていた。

いつもだったら隣同士で、何気なく会話が生まれていたのに——


今の席替えでは、湊の隣の席には別の女子が座っている。

その子と湊が談笑しているのを見て、胸の奥が小さくきゅっとなった。


……なんでもない。

隣に誰が座ってたって、湊は湊で、私は私なんだから。

そう思おうとしても、視線は勝手に彼の方へ向いてしまう。



「詩、これどう思う?」


真央が私の肩越しに話しかけてくる。

手には、布で作ったテーブルクロスのサンプルがあった。


「あ、かわいいね。落ち着いた色だし、喫茶店っぽい」


「でしょ? 湊くんが“古道具屋っぽくしたい”とか言っててさ、ちょっと意外だった〜」


「……湊が?」


「うん、センスあるよね。パネルもすごく上手だし」


真央はさらっと言ったけど、その言葉が私の中にふわっと広がった。

知ってる。湊は、絵がうまい。細かい作業が得意。そういうの、小学生のときからずっと見てきた。


でも、彼が誰かと話して、それを誰かが褒める。

それが、どうしようもなく、遠く感じた。



作業がひと段落し、私は静かに教室を出た。

廊下は夕焼け色に染まり、ガラスに映った自分の表情が、少しだけ曇って見えた。


「……詩?」


背後から聞こえた声に、胸が跳ねた。

振り返ると、湊が立っていた。


「どうした? 忘れ物?」


「ううん、ちょっと空気が変えたくて」


「そっか……オレも。人多くて、疲れた」


ふたりで並んで歩き出す。

廊下をゆっくりと進む音だけが、響いていた。


「……前の席、懐かしいね」


「え?」


「小学生のとき、いつもとなりだったじゃん。詩の隣、落ち着いた」


ぽつりと湊が言った言葉に、私の足が止まる。


「……今も、隣だったら、そう思ってくれてた?」


湊は、一瞬だけ目を見開いて、すぐに目をそらした。


「……わかんね。でも、そうかもな」


その言葉が、うれしくて、かなしくて。

答えのないまま、秋の風が吹き抜けていった。

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