第41話あの日の距離に、立ち止まる

夏が過ぎ、九月の風はやけに澄んでいた。

学校の窓から見える空は、どこか高くて、静かだった。


始業式の朝。

B組の教室は、夏休み明けの話題でにぎやかだったけれど、私は少しだけ、その輪から距離を置いていた。


「詩、夏休みどこか行った?」


真央がいつもの調子で声をかけてくれる。

私は軽く首を振った。


「ううん、近所の図書館とかくらい。真央は?」


「私はねー、家族で伊豆に行ったよ。海、きれいだった〜。あ、でも詩も行ってたじゃん、神社の夏祭り」


「あ、うん……」


言葉が少し詰まったのは、自分でも気づいていた。

あの夜のことを思い出すと、胸の奥が、すこしだけ熱くなる。


鳥居の前で、湊とふたりで花火を見たあの夜。

「また来年も、一緒に花火見ような」って言ってくれた言葉。

ずっと、心の中で繰り返していた。


でも——

それ以来、私と湊は、あまり話していない。



始業式が終わり、クラスはすぐに文化祭の準備モードに切り替わった。

実行委員や係決めが始まって、あちこちで声が飛び交う。


「ねー、湊くんって、パネル描くの上手そうじゃない?」


「え、オレ? あー……まあ、やってもいいけど」


「やった! じゃあパネル係に推薦ね〜」


そんな会話が、私のすぐ前で交わされる。

私の席は湊の斜め後ろ。少しだけ声がよく聞こえる距離。


……話しかけようと思えば、きっと話せる。

でも、声をかけるタイミングを逃したまま、私たちの間には、夏の夜から続く“あの空気”が残っていた。



放課後。

文化祭準備で残る人がいる中、私は一人、帰り支度をしていた。


カーテン越しの陽射しは、もう夏のそれとは違っていて、やわらかくて、少しだけ冷たい。


「……詩」


背後から聞こえた声に振り返ると、湊が立っていた。


「今日、真央先帰ったって言ってたから……オレ、帰り、付き添うつもりでいたんだけど」


「……うん。ありがとう。でも、大丈夫。まだ残ってるの?」


「ちょっとな。パネルのラフ出すって言われて……」


「そっか。頑張ってね」


「……おう」


笑いあうことも、特別なことも言えない。

でも、どこか少しだけ優しい間があった。


その距離に、安心する自分と、

その距離に、物足りなさを感じる自分が、同時にいた。

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