第40話夏祭りの夜

夏の夜の空気は、どこか特別だった。

神社へ続く参道には屋台が並び、焼きそばやりんご飴の香り、

浴衣姿の人たちの笑い声で、あたりはにぎやかに染まっていた。


詩、湊、そして真央。

三人で連れ立って来た神社の夏祭りは、夕暮れの色と提灯の明かりに包まれていた。



「わ、これ懐かしい……型抜き、まだあるんだ」


「詩、それ得意だったよね?」と真央が笑う。


「え、そんなにでも……って、湊、何やってんの?」


「わたあめ! 昔好きだったろ? 詩」


「覚えてたの?」


「当たり前。オレ、意外と記憶力いいんだよ」


なんでもないやりとりに、頬が少し熱くなった。



そのとき、人混みの流れが急にぶつかり合う。


「詩、あっちに……!」


湊の声が聞こえたのは、ほんの一瞬だった。

目の前の提灯が揺れ、人の肩に押されて、私は知らない方へ流されてしまった。



気づいたとき、私は鳥居の下にいた。


ざわめきから少し離れたその場所は、静かで、風鈴の音だけが遠く聞こえた。


(……はぐれた)


スマホを取り出すと、画面は暗いまま。

充電が切れていた。

心細さが胸を締めつける。


けれど、不思議と怖くはなかった。

なぜだろうきっと、どこかで湊が探してくれている。そう思えたから。



「……いた」


階段を上がってきた足音。

顔を上げると、湊が肩で息をしながら立っていた。


「ごめん、詩……オレ、ちゃんと手ぇ掴んでおけばよかった」


「ううん……私のほうこそ、気づかなくて」


ふたりして、ほっとしたように笑う。


「……よかった、見つけてくれて」


「オレも、なんか……ここにいる気がしたんだよな」



そのとき、夜空に花火があがった。


ドン、と低い音。

そして、色とりどりの光が夜空を照らす。


「……わあ……」


詩が小さく息をこぼす。


「ここ、ちょっとした特等席だな」


「うん……すごく、綺麗」


鳥居の前で、ふたり並んで座る。

肩が少し触れる距離。


言葉がなくても、気持ちは伝わっている気がした。



「なあ、詩」


湊がぽつりとつぶやく。


「来年も、ここで……また、一緒に花火見ような」


「うん。絶対」


またひとつ、心の奥に小さな光が灯った夏の夜だった。

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