第39話また、桜の下で



春の陽射しが柔らかくなり始めた頃、

校外学習で訪れた自然公園は、芽吹いたばかりの緑と花の匂いに包まれていた。


バスを降りて歩く道の先に、丘が見える。

そのてっぺんには、咲き始めたばかりの桜の木が、大きく枝を広げていた。


「……あ、あそこ。眺め、よさそうじゃない?」


湊が指さした先その桜の下には、ぽつんとベンチがひとつ。


「いいね。行ってみようか」


私はうなずいた。ふたりで歩く道には、春風がそっと吹いていた。



丘の上まで登ると、街を一望できる景色が広がっていた。


「すごい……遠くまで見える」


「この感じ、なんかちょっと懐かしいな」


湊のその言葉に、私も自然と笑っていた。


お弁当を広げ、ふたりで並んで座る。

咲きかけの桜が、まだ淡く小さな花をつけていた。



「そういえば、昔もこんなふうに……」


ふと、私がつぶやく。


「小学校のとき、校庭の桜の木の下で、お昼食べたことあったよね。あのときも、桜がまだ咲き始めたばかりだった」


「うん。おにぎり、梅干しがめちゃすっぱかった記憶がある」


「え、それ真央が握ってきたやつじゃなかった?」


「そうそう! 真央の家の梅干し、ガチだから」


ふたりで笑ったあと、しばらく風の音だけが流れた。



「……詩さ、となりの席じゃなくなってもさ、オレのこと、ちょっと避けてた?」


突然の言葉に、私は少しだけ驚いた。


「……うん。避けてたっていうか、どう話しかければいいか、分からなくなってた」


「そっか。オレも実は、同じだったかも」


湊は頭をかきながら、照れくさそうに言った。


「でも、今はこうして話せてるしさ。……また、戻れる気がする」


私は、桜の枝を見上げた。


風に揺れながら、いくつかの花がふわりと舞い落ちた。


「また、春が来たら……この木の下で、お弁当食べようね」


「うん、絶対」


目が合って、どちらからともなく微笑んだ。



丘を下りる帰り道、背中に春の陽が差していた。


(また、桜の下で)


その約束が、胸の奥に小さな光として残っていた。

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