第4話席替えと距離

新学期が始まって一週間。

クラスの雰囲気にも少しずつ慣れてきて、自己紹介のぎこちなさも薄れつつあった。


それでも、湊とは、あの日の「名前の話」以来、特別な会話はなかった。


目が合うことは増えた気がする。

でも、それだけだった。


そんなある日、担任の白石先生が言った。


「はい、今日は席替えをしまーす!」


教室中がざわめいた。

この年頃の席替えは、小さな一大イベントだ。

中にはあからさまに喜ぶ子も、ため息をつく子もいる。


私は、どちらでもなかった。

今の席は気に入っていたけれど、変わっても別にと、思っていた。


でも、その気持ちは、すぐに裏返った。


くじを引いた結果、私は「窓側の後ろから二番目」になった。

そして、湊が「一番後ろの窓側」になったのだ。


私のすぐうしろ。

斜めうしろではなく、真後ろ。


「え、うち、また窓側じゃん。日焼けする~」


「俺、隣、高坂。よろしくね」


湊があっさりと声をかけてきた。


「……うん、よろしく」


その瞬間、また胸が少しだけ騒がしくなる。


目を合わせたのは、ほんの一秒ほどだったのに。

喉の奥が、熱くなる。


授業中、ふと後ろからノートを覗き込まれる気配がした。

休み時間、ふいに「この問題どうやるんだっけ?」と聞かれる。


声をかけられるたび、ただそれだけのやりとりが、心を揺らす。


かつて“毎日一緒に遊んでいた”はずの相手なのに、

どうして今、こんなに緊張しているんだろう。


“男友達みたいな幼なじみ”だったのに。

名前で呼び合っていたのに。


隣にいるだけで、落ち着かない。

話しかけられると、うれしいのに困る。


私の中で、あの頃の湊と、今の湊が重なったり、ずれたりしていく。


まるで違うようで、たしかに“あの湊”なんだと思える瞬間もある。


でもやっぱり、今の私は、ただのクラスメイトでしかないのかな。


帰り道。

夕暮れの光が教室を赤く染めていた。

湊は、いつものように席を立ち、ふと私に声をかける。


「じゃ、また明日な」


……“詩”とは呼ばれなかった。


その事実が、じわりと心に沁みて、

私はそっと頷くだけだった。

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