第10話不純な女

 悪いな? 悪いなだとふざけるなあのクソ野郎! 思えば初めてリベルタを訪れた時からいい顔をしていなかった。そうだ、なんだかんだ用がないのに医務室に一番来ていたのはあの男だ。仕事がどうだの、母の様子はどうだのでミスティアに声をかけていた。


 あのおんなもそうだ、ただの幼馴染みだなんて謀りやがってあの野郎の前ではとても嬉しそうにして距離感がおかしかった。最初から俺を裏切ってやがったんだちくしょう。


 最悪な気分のままその日の実習は終わった。あの女に裏切られていただけでも気分が悪いのにユリウスから手酷い叱責を受けた。応急手当のいろはが分かっていないと厳しく言われた。たかだか実習生の俺に何を求めてるのかと言ったが、それに気分を害したようで患者はお前が実習生かどうかなんて関係ない。白衣を身につけた時点で頼るべき医者の立場だ。新米だから、実習生だからは現場では通じない。お前の慌てふためく声に俺たちが気付かなければミスティアは死んでたんだぞ、と静かに言い放った。


 あんな女、死ねばよかったんだ。俺をずっと騙してきた。男がいるくせに俺を誘惑してきた。どうせあの男と恋仲なのも顔と地位で選んだんだろうアバズレめ。


 もう日が暮れていて、最低な1日が終わろうとしていた。荷物は早々に引き上げていたが、ここを出るにはどうしても医務室の前を通らねばならない。


「何か食べられそうか?」


 開け放たれた医務室の中からあの男の聞いたことのない優しい声が漏れた。


「今はまだ……」


 この先に進めなくて、扉のギリギリのところで立ち尽くす。


「もう、着替えちゃったの?」


「ん? あぁ、そうだな」


「そっか。もう少し見たかったな。私のプレゼント、着けてくれてた」


 プレゼント、その言葉にそっと中の様子を伺う。西日が差し込む部屋は赤く染まっていて、あの男はすでにいつもと変わらず波打つ髪を後ろに流し、綿のシャツを着た楽なスタイルで寝台に腰掛けていた。あの女は寝台に埋まっていてどんな顔をしているか分からない。


「また見せる。来年の新年の祭りにだって着けてくよ」


「えーあれ結構地味だよ? もうちょっと晴れやかなのにしたらいいのに」


「好きな人が俺のために選んでくれたものだ。当たり前だろ」


 あの女は応えなかった。あの男の手があの女の髪と頬を撫でる。いつからその男のモノになった。触るなとやめろと言え。

 お前のあの時の恥じらいは、微笑みは、優しさは――。

 何故その男の手で触れることを許す。何故その男と口づけるんだ。


「本当に良かった、ミスティア」


「ごめんなさい、また心配かけちゃって……」


 あの、発情する馬鹿しかいない医学学校の教室と同じ匂いがした。吐き気を催す醜悪な匂いだった。


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