第9話毒熱

 医務室に着くとミスティアはもうすでに薬草の選別を始めていた。


「おはようミスティア」


「……おはよう」


 真剣な表情で言葉少なに返したミスティアの手には白い手袋があった。ものによっては触れるだけで皮膚が炎症を起こしたりする毒草もあるので

、今も毒草を選別してるのだろう。手伝おうかと声をかけたが、調薬をするように言われたのでその通り、調薬を始める。随分と信頼を得たようで調薬はほぼ任せてもらえるようになり、ミスティアは主に薬草の選別をするようになった。恥ずかしいのかあまり話をしない。そんなところも愛おしく、調薬を早々に終えると向かい合って選別を始めた。声をかけると返してくれるが、集中しているのかどこか上の空のような返事になっている。それでも共にいることができて幸せだ。今度、薬草摘みに行きたいと言ってみよう。彼女も機会を伺っているが、そんなことを言えばと思われるなんて心配してるのかもしれない。ここは男の俺が誘うべきだろう。


 昼を過ぎて追加できた調薬をこなしているともう少し風が出てきた。秋の契りの祭りを境に日はどんどんと短くなり、気温も下がっていく。そろそろ寒い冬が近付いてきたと感じるようになってきた。


 けたたましい音がした。椅子が倒れた音だとすぐに分かった。前に薬草の中からカエルが飛び出してきてミスティアが飛び上がって尻餅をついたことを思い出した。だからまたそうだと――


 金の髪が、赤い花の中に埋もれていた。それは選別した薬草の花をぶちまけてその中に倒れる愛しい女だった。


「ミスティア!?」


 慌てて駆け寄り、身体に触れると信じられない高熱で、思わず触れた手を引っ込めた。


 熱、何故、ずっと具合が悪かったのか!? まず何をすればいい。どうすればいい。誰か――


「――て……」


 か細く溢した言葉にその顔を見つめると熱で赤くなった頬に涙が伝う。まだうわ言のように何かを言うが、それが音になることはなかった。


「ミスティア! しっかりしろ! ミスティア!!」


 意識はあるが、混濁していていて呼吸も早い。そのうち何も話さずぐったりと身体の力が抜けた。一体なんの症状でこんなことになっているのか――


「どうした!?」


 駆け込んできたのはユリウスだった。ほとんど押し退ける形で場所を奪われ尻餅をつく。ユリウスはミスティアを横にさせてその頬を軽く叩いて呼びかけた。


「ユリウス! 赤花だ!」


 ユリウスと一緒に入ったきたのだろうかレンがあちこちに散らばったそれに声を荒げた。


「レン変われ! 誰か来い!! 急患だっ!」


 よく通る怒鳴り声にドタドタと隊員たちが駆けつけた。すぐにやってきた数人の男たちが医務室の状況に声を上げた。それにユリウスが吠えた。


「赤花の毒熱だ! 氷商からありったけの氷を買ってこい! レン!」


「もう探してる!」


 レンが倒れ込んだミスティアの服を先から無理やり脱がし始めた。靴を脱がし手袋を外し、胸元を緩めスカートを少し捲り上げる。何故こんな大衆の面前で彼女をひん剥くと叫び出しそうになった。


「お前も探せ! 赤花の毒はトゲに凝縮されてる。そのトゲがどこかに刺さっているはずだ!」


 ユリウスが乱暴に薬草棚からいくつかの薬瓶を取り出すと調薬を始める。その頃には氷を買いに走り出していた隊員がひとり氷を抱えて戻ってきてミスティアの身体にその氷をぶちまけた。ユリウスがレンに「1個口に入れろ! 中からも冷やせ!」と怒鳴ってミスティアの口にも氷が詰め込まれた。それがみるみるうちに溶けていく。

 トゲ、トゲ、と手の先からくまなく身体を見ていく。そして――


「見つけた! ユリウス!」


 膝を持ち上げたレンが声を上げる。黒い薄手のタイツを指先で摘み上げると赤黒いトゲがレンの指先から覗く。本当に小さなトゲだった。こんなチンケなトゲがミスティアの命を脅かすほどの高熱を持たせたとゾッとする。


「上等だ! 解熱薬は飲めそうか!?」


 ミスティアの口元からダラダラと流れる水は氷が溶けたものだろう。毒の元であるトゲが抜けても入り込んだ毒が回っているのだろう。意識が戻る気配がない。


「無理だ! 嚥下できてない!」


「いい! 口移す!」


 ユリウスが水に溶かした薬を口に含むとミスティアの口をふさいだ。長い間、そのまま固まり、コクコクと少しミスティアの喉が動いた。ようやく口を離したユリウスにレンが水を差し出す。口を濯いだユリウスが吐き出すと、まだぐったりとしているミスティアの脈を取った。


「解熱薬が効くのに少し時間がかかる。おい! 追加の氷は!?」


 呼び出されたにも関わらず手持ち無沙汰になって半分野次馬と化している隊員にユリウスが怒鳴ると「今切ってるとこだ」と返事が返ってきた。


 ユリウスはその言葉に容赦なく濡れた服を脱がせて行く。薄手のシミーズだけになったそミスティアを軽々と持ち上げて寝台に横たえた。


 ようやく息をついたユリウスに一通りの処置が終わったと確信する。


「おい実習生、机の上の赤花を片付けろ。ちゃんと手袋着けろよ」


 ユリウスが立ち上がってそう言うと、自身も手袋を身に付けて散らばった赤花の花を籠に戻し始めた。椅子を戻し、机の上も床に散らばった赤も大方まとめた頃だった。


「ユリウスさん……」


 本当に小さな声が漏れた。顔が真っ赤になって夥しい汗をかいているミスティアがなんとか片手だけを動かして目が覚めたことを告げた。それに心から安堵する。本当に死んでしまうのかと思った。


「ミ――「気がついたか。辛かったな。もう少し解熱薬が効くのにかかるから辛抱するんだ。とにかく水分だ。冷たい水を飲むか」


 ほとんど消え入りそうな声にユリウスが聞いたことのない優しい声をかけながら、吸い飲みに水を入れると、ミスティアの口元に付けた。ミスティアはそれをごくごくと嚥下していき、口を離すと小さく息を吐き出した。


「すみません、迷惑かけて」


「俺も何回かやってるから気にするな。――足にトゲが刺さってた。気付かなかったんだろう。良かったよ、間に合って」


 まだまだ赤い顔をしたミスティアが少しだけ笑って応えた。その時――


「ミスティア!!」


 ほとんど飛び込むような形で現れたのは隊長だった。いつもとは違い、髪を後ろで結い、風を表す白の渦巻いた文様の刺繍が入った漆黒のジャケットに上等な絹のシャツ、そしてジャケットと同じく漆黒のパンツスタイルだ。その重そうな服のまま走ってきたのか、汗を浮かべている。ほとんど切れた息を整える姿に、ミスティアが声を上げた。


「ジルバさん……」


 隊長は少し目を見開いて、そして見たこともない泣き出しそうな顔をした。そのまま迷うことなくミスティアの寝台まで来ると顔を覆った。


「氷商に……」


 その顔に似つかわしくなく震える声で続けた。


「氷商に……隊員が食ってかかってるから、聞いたらミスティアが、倒れて、氷を買えって聞いて――」


「ジルバさん……」


 ミスティアが少しだけ身体を起こした。ふにゃりと崩れた笑顔で隊長の頬に手を伸ばす。


「大丈夫だから……、泣かないで」


 その指先が触れるか触れないかで隊長の力強い腕がミスティアの身体を抱き留めた。小さく彼女が声を上げる。


(は――?)


 隊長が良かった、と繰り返しながらもその腕を離さない。そしてミスティアもゆっくりとその背中に手を回した。


「おい、実習生。行くぞ」


 ユリウスの言葉も通らず、どうやって医務室から出たのかは分からない。気が付けば医務室の扉は閉められて野次馬となった隊員たちに紛れていた。


「もう少ししたら効果が出てるか確認するか。それまで二人きりにしてやった方がいいだろ」


 ユリウスがそう言うとレンはニヤニヤと笑う。


「あれ、気付いてたんだ二人のこと」


「当たり前だろ。ジルバのやつ面白いくらいに惚れ込んでるからな」


 レンはと言うと「この前尋問して白状させた」と得意げに言うのでユリウスが苦言を呈している。


 周りの隊員たちもやっぱりと言った様子で、例の賭け事好きな隊員たちはほら、負けたんだから払えと金の徴収まで行っていた。


「ユリウス」


 医務室の扉が開けて隊長が出てきた。もうあの歪んだ顔はなく、いつも通りの落ち着いた風貌になっていた。


「どうした?」


「ミスティアが疲れたみたいで寝てしまったけど良かったか?」


「まぁ大丈夫だろ。――それより悪かったな、薬飲めそうになかったから口移しさせてもらった」


「別にいい。ありがとう。着替えてくるが、ミスティアの傍に誰か――」


「私がいるから行ってきな。帰ってきたらちょっと色々聞きたいし」


 レンの笑った顔に隊長は少し頬を赤くしながら勝手にしろと息を吐いた。周りの隊員たちもニヤニヤと笑いながら「で、どこまでやった?」とからかっている。


 それらをあしらった隊長と視線が合う。隊長の深い茶色の瞳が射貫くように見つめた。そして――


「悪いな」


 それだけ言うと颯爽と去っていった。



おまけ

「さっきから何噛んでんだ」


 ユリウスがしきりに口を動かすので聞いてみた。


「毒熱の解熱剤はキッツいからなぁ。口移しだとちょっと飲んじまうから赤花の花弁食べてんだよ」


「はぁ?」


「発汗効果があるから下がった体温が上がってちょうどいいんだよ」


 風邪引いたときも調薬面倒なときはよく食べてた、と言い放った伴侶に本気で呆れる。


「お前時々やぶ医者みたいなことするよな」


「誰がやぶ医者だこら」

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