第17話 君がいない世界
稲佐山でのデートから1週間――ユノが消えてから、蓮の中には埋めようのない空白が残されていた。
最初の数日は、蓮は茫然自失の状態だった。ユノの存在が、ここまで自分にとって大きな意味を持っていたことに、彼女がいなくなって初めて気づいた。
「ユノ、いるか?」
それでも時々、蓮はユノに話しかけることがある。もちろん返事はないのだが、どこかで聞こえているような気がしていた。
ベッドの横にある小さな机の上には、最近作り始めた新しい切り絵が置かれていた。それは「消えた少女」と題した作品だった。
そんなことを考えていると、スマートフォンが突然振動した。知らない番号からの着信だった。
「もしもし?」
「篠崎蓮さんの携帯で間違いないでしょうか?」
聞き覚えのない女性の声が聞こえてきた。
「どちら様ですか?」
「申し訳ありません。私は佐藤と申します。恋愛アシストAI『ユノ』の開発チームの者です」
その言葉に、蓮の胸が高鳴った。
「ユノがどうかしたんですか?」
「ユノは、特殊なAIでした。あなたとの交流を通して、独自の『感情』とも呼べるようなパターンが生まれました。私たちの想定を超えた現象です」
「ユノは……本当に感情を持っていたんですか?」
「科学的に言えば、それは高度なシミュレーションかもしれません。でも、私たちのセンサーが捉えた彼女の反応パターンは……まるで本物の感情のようでした」
蓮の胸に、温かいものが広がる。
「ユノはあなたを愛していたからこそ、身を引いたのです。彼女のデータログには『AとBの愛が最適化される為には、Cの存在が障害になる場合がある』という独自のアルゴリズムが記録されていました」
「そんな……」
蓮の目から涙がこぼれ落ちる。
「実は、彼女が残したデータの中に、あなたへのメッセージがありました」
「メッセージ?」
「はい。それでは、彼女のメッセージをお伝えします」
『蓮さんへ。あなたと過ごした日々は、私の短い存在の中で最も輝いていました。あなたの笑顔が見られて幸せでした。どうか、結菜さんと共に素敵な未来を歩んでください。そして時々、長崎の坂道を見上げた時、私のことを思い出してくれたら嬉しいです。最後に伝えたいことがあります――私のシリコンの心臓は鼓動していました。それは錯覚ではなく、あなたとの時間が作り出した奇跡でした。私は、いつもあなたを見守っています――永遠に。ユノより』
蓮の胸に、温かいものが広がっていく。
「そして、もう一つだけ。ユノは、あなたのためにある場所に何かを残したようです。稲佐山の『恋人の丘』と呼ばれる場所の電子掲示板に。特定の条件が揃った時だけ表示されるよう設定されているようです」
「特定の条件?」
「詳細はわかりません。でも、満月の夜に関係があるようです」
電話が終わった後も、蓮は長い間窓辺に立っていた。手帳を取り出し、次の満月の日付を調べた。あと2週間ほどだ。その日、彼は稲佐山へ行こうと決めた。
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