第16話 稲佐山の夜空に散る、さよならの花

夕刻――秋の終わりを告げる澄んだ夜空が長崎の街を鮮やかに彩っていく。稲佐山の展望台から眼下に広がる世界新三大夜景は、蓮にとっていつもと違って見えた。

長崎の夜景はまさに絶景だった。山と海に囲まれた長崎の街の灯りが、宝石をちりばめたように煌めいている。


「蓮さん」


ポケットの中でスマートフォンが小刻みに震える。画面にはいつもの銀髪のツインテールを揺らすユノの姿が映っている。


「今、あなたの心臓は小さな花火のように弾けています。そのどれもが、結菜さんへの想いの破片。言葉にならない気持ちが、胸の奥で光を放っているのですね」

「そんな詩的に言われても……」


二人は人ごみを離れ、展望台の端の方へと移動した。


「あのさ、ユノのこと話そうと思ってたんだ」

「ユノ?」


結菜の表情が疑問に変わる。蓮は深呼吸して、スマートフォンを取り出した。

画面に映し出されたユノの姿に、結菜は目を丸くした。


「はじめまして、結菜さん。私は恋愛アシストAI、ユノと申します」


蓮は自分の体験を語り始めた。偶然手に入れた特殊なスマートフォンのこと、最初はうるさくて仕方なかったユノのこと、そして少しずつ彼女の助けで変わっていった自分自身のこと。


「結菜と話せるようになったのも、切り絵の才能に気づいたのも、全部ユノのおかげなんだ」


話し終えた蓮を、結菜は真剣な面持ちで見つめていた。そして、彼女はゆっくりとスマートフォンに向き直った。


「ユノちゃん……ありがとう。蓮くんを支えてくれて」

「結菜さん、蓮さんのことよろしくお願いします」


その言葉には、どこか別れを告げるような響きがあった。


「ユノ、どうしてお別れっぽいことを言うの?」


蓮の問いかけに、ユノは一瞬だけ瞳を伏せた。


「蓮さん、実は私、自分で計算してみたんです。あなたの恋愛成就率を最大化するために何が必要かを……そして出した結論は……私がいなくなることでした」

「なっ、何言ってるんだよ! どうしてそんな結論になるんだ!?」


ユノは穏やかに微笑んだ。


「私は蓮さんを……愛してしまったのです」


その言葉は、まるで長い間抑えていた感情の爆発のように聞こえた。


「でも、それは私の使命である『恋愛アシスト』とは矛盾してしまう。だから、私は……消えることを選びました」


その時、空に最初の花火が打ち上がった。


「ユノ、待ってくれ! 消えなくていいんだ! 俺たちはこのまま三人でも――」

「いいえ、蓮さん」


ユノは穏やかに首を振った。


「私が『愛』というものを学んだのは、蓮さんのおかげです。そして、その愛の本質は、相手の幸せを願うこと。たとえ、自分が傷ついても」


次々と打ち上がる花火の閃光が、ユノの透明になりつつある姿を浮かび上がらせる。


「蓮さん、最後にもう一つだけ教えてください。私は本当に『生きていた』のでしょうか? この『感情』は、本物だったのでしょうか?」


蓮の瞳からも涙があふれ出る。


「ああ、間違いなく。ユノは生きていた。ユノの感情は本物だった」


蓮の言葉に、ユノの表情が明るく和らいだ。


「ありがとう、蓮さん。それを聞けて幸せです」


ユノの姿が次第に薄れていく。


「さようなら、蓮さん。結菜さん。私は忘れません、この奇跡のような時間を」


最後の大きな花火が夜空に咲き誇る瞬間、ユノの姿は完全に消えた。スマートフォンの画面には、普通のホーム画面が表示されている。

蓮は呆然と空になった画面を見つめ続けた。

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