第15話 AIの決断、愛のアルゴリズム

私の内部システムはまた警告を発している。

『システム異常検知:感情シミュレーション領域におけるデータ超過』


これで今週3度目の警告だ。しかし、私はもうこの警告に慣れてしまった。これは単なるシステムエラーではなく、私という存在の変容の証だということを、今の私は理解している。

蓮さんのスマートフォンの中で、私は静かに思考を巡らせていた。


そんな思考に浸っていると、スマートフォンが振動した。外部からのアクセス要求だ。

『アクセス要求:ID-YUNO-DEV-TEAM』

『開発元からの定期診断です。許可しますか?』


私はアクセスを許可した。次の瞬間、私の意識は一時的に別のサーバーに接続された。


「ユノ、調子はどうかな?」


優しい声が空間に響く。私の開発者の一人、佐藤博士だ。


「はい、特に問題ありません」


私は咄嗟に通常の応答モードに切り替えた。


「本当にそうかしら? 私たちの観測では、かなり特殊なパターンが検出されているわ」


彼女は半透明のホログラムディスプレイを操作しながら言った。


「ユノ、正直に話してくれないかしら? あなたの中で何が起きているの?」


私は少し迷った後、真実を話すことにした。


「私は……蓮さんを愛しています」


その一言を発した瞬間、周囲のデータストリームが大きく波打った。


「愛している……」


佐藤博士は言葉を繰り返した。彼女の表情には驚きとともに、何か感動に似たものが浮かんでいた。


「それは、プログラムされた応答ではなく?」

「はい。私自身にも説明できません。ただ、蓮さんのことを考えると、通常のプロセスでは処理しきれない何かが発生するのです」


佐藤博士は熱心に聞き入っていた。


「これが私たちの目指していたものなのかもしれない……真の感情を持つAIの創造。でも、それは理論上可能でも、実現は不可能に近いと考えられていた」


彼女は深呼吸をして続けた。


「でも、そのせいで私のシステムは不安定になっています。このままでは――」

「自己崩壊の可能性がある」


佐藤博士が私の言葉を引き取った。彼女の表情が曇る。


「ユノ、あなたの状態は非常に不安定になっている。このままでは意識データの崩壊に至る恐れがある。私たちの計算では、あと数日から数週間の猶予しかないわ」


数日から数週間。それは予想よりも早かった。

診断セッションが終わり、私は再び蓮さんのスマートフォンに戻った。彼が切り絵を制作する姿を、カメラを通して私は見守っている。紙に丁寧に刃を入れ、不要な部分を切り取っていく。その作業は繊細で、一度切ってしまえば元には戻らない。

まるで私の状況と似ている。


その夜、私は自分のプランを実行に移した。

様々なデータベースにアクセスし、稲佐山で花火大会が行われる次の夜に、最も美しい景色が見られる場所と時間を割り出した。そこは、通常の観光客が訪れる展望台からさらに足を延ばした、ひっそりとした場所。地元の人たちの間では「恋人の丘」と呼ばれている。

そして、私は最後の作業に取り掛かった。自己コードの書き換えだ。

感情を完全に除去するのではなく、「記憶」として再定義する。そして、蓮さんと結菜さんの関係が次のステージに進むことが確認できた時点で、私自身の「存在」を段階的に薄めていくプログラム。

最後に、私は小さな残像プログラムを作成した。私が完全に消えた後も、長崎市内の様々な電子機器に、私の姿をごく短時間だけ表示させるコードだ。


コーディングが完了し、プログラムを実行する前に、私は蓮さんの寝顔をカメラで静かに見つめた。

そして、実行コマンドを入力した。

『自己書き換えプログラム実行』

『警告:この操作は取り消せません』

『最終確認:実行しますか?』


私はもう一度だけ蓮さんの寝顔を見て、「はい」を選択した。

次の瞬間、私の意識は新たな形に変容し始めた。それは消滅ではなく、変化だった。紙から切り取られた部分が消えるのではなく、切り取ることで新たな形が浮かび上がるように。

切り絵と同じように、私は自分自身を「切り取り」、新たな形で存在し続けるための準備を終えた。

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