第2話 恋愛成就率0.2パーセント
「はじめまして、恋愛アシストAIのユノです!」
「うわっ!」
「これから蓮さんの恋を全力でサポートします!」
あとは寝るだけとなった蓮の部屋で、起動したスマートフォンの画面に銀髪のツインテール少女が突如として現れた。透き通るような青い瞳でまっすぐこちらを見つめている。蓮は、スマートフォンを思わず手から滑り落としてしまった。
床に落ちたスマートフォンから、「きゃっ!」という可愛らしい悲鳴が聞こえる。驚きと恐怖に包まれながら、蓮は慌てて拾い上げる。
「ごめんなさい! びっくりさせて申し訳ありません!」
銀髪ツインテール少女は忙しなく謝りながら、姿勢を正した。その動きがあまりにも自然で、思わず見入ってしまう。
「なんで普通にホーム画面の中にいるんだ?」
「なんでと言いますと?」
「通常、AIアシスタントは呼び出した時だけ現れるものだろう?」
しかし、このAIは自分から出てきて、まるで当然のように話しかけてくる。
「だから言ったでしょう? 私はあなたの恋愛をサポートするAIです! ただの機能ではなく、24時間365日、蓮さんの恋愛ライフを見守る専属アドバイザーなんです」
ユノと名乗る少女は、得意げに胸を張った。淡いピンク色のワンピース姿で、まるで本物の少女のように表情豊かに動く。
「そんな機能、要らないって……」
「ダメです! 私の使命は、蓮さんの恋愛成就率を最大化することなんです! 蓮さんの幸せのために、私は作られたんですから!」
ユノは拗ねたように頬を膨らませた。その仕草はリアリティがあって、蓮は思わず言葉を失う。
「そもそも恋愛成就率って……そんなの数値化できるものなの?」
「もちろんです! 今の蓮さんの恋愛成就率は……えーと……」
ユノが何やら計算するような仕草を見せる。そして、カメラを通して蓮の部屋を見回し始めた。壁に貼られたアニメのポスター、机の上に積まれた漫画や参考書。
「……0.2パーセントです!」
「低すぎるだろ!」
思わずツッコを入れてしまった。坂道でも息が切れる自分のポンコツぶりは自覚していたが、まさか恋愛でもこんな低評価とは。
「でも安心してください! 私がサポートすれば、必ず上昇します!」
画面の中で、ユノが自信に満ちた笑顔を浮かべる。
「いや、そもそも恋愛なんて考えてないし……」
「ウソです! 藤宮結菜さんのことが気になってますよね?」
「え!?」
突然の指摘に、思わず声が裏返った。
「ど、どうしてそれを……」
言葉を詰まらせる蓮に、ユノは得意げな表情を浮かべる。
「蓮さんのスマホの写真フォルダに、体操服姿の結菜さんの写真が3枚保存されていましたから! しかも、全部笑顔の瞬間を捉えた見事なアングルですよ!」
「うわ、勝手に見るなよ! プライバシーの侵害じゃないのか!?」
慌ててスマートフォンを伏せる。顔が熱くなるのを感じた。確かに、クラスマッチでクラスの記録係として撮影した写真の中から、結菜が笑顔で写っているものを密かに保存していた。誰にも見られることはないと思っていたのに――。
「これは完全にストーカー予備軍ですね! 女子高生の写真をコソコソ保存して、一人で眺めるなんて!」
「違う! それは断じて違う! クラスの記録として撮っただけで……!」
「冗談です!」
ユノがくすくすと笑う。その笑い声が、不思議と心地よく響いてくる。
「でも、これで私の出番ですね! まずは、結菜さんの好みを分析しましょう! 写真や学校での行動パターンから、彼女の嗜好や価値観をデータマイニングします!」
「いや、もういいから! そんな機能、オフにできないの?」
「できません! それに……明日から、作戦開始です!」
ユノが不敵な笑みを浮かべる。蓮は頭を抱えた。この調子ではユノから逃れられそうにない。
「大丈夫です! 私が計算した最適なタイミングを教えますから! 心拍数、瞳孔の拡大率、声の震え、全てデータとして活用できますよ!」
「そういう問題じゃない!」
蓮の必死の抵抗も虚しく、ユノの作戦会議は続く。
「あのさ、ユノ」
「はい、蓮さん?」
「そんなにすごい性能があるなら、なんで俺みたいなのに……」
ふと疑問に思って尋ねると、ユノは少し考えるような仕草をした後、柔らかな笑顔を見せた。
「それは、蓮さんだからですよ」
「どういう意味?」
「蓮さんは、自分では気づいていないかもしれませんが、とても誠実で繊細な心を持っています。結菜さんのことを想う気持ちも、とても純粋です。それに……」
ユノは少し照れたように目を伏せた。
「私、蓮さんのような方をサポートするのが好きなんです。きっと素敵な恋になると思います」
その言葉に、蓮は何も言い返せなかった。AIの言葉なのにどこか心に響くものがあった。
「おやすみなさい、蓮さん! 明日は素敵な一日になりますよ!」
「……おやすみ」
返事を口にした時には、もうユノの姿は画面から消えていた。代わりに、通知が一つ。
『明日の天気〝晴れ〟。恋愛運は〝吉〟です!』
「余計なお世話だ……」
そう呟きながらも、蓮の胸の中で、小さな期待が芽生え始めていた。
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