(六)我討つは命にあらず
「しかし、よく
居間に遅めの
「一客一亭の書状を書いたのは
そう言ってから、璃々江は箸を手に取った。よく考えてみれば、今朝は朝食も採らずに
「さ、まずはお食事を召し上がってくださいませ」
五百は屈託のない笑顔を璃々江に向けた。昼食は、士分の主食たるメンマに香の物。そして今朝方とは違う咖哩が、湯呑みに注がれている。
「……そうですね。いただきましょう」
璃々江は手を合わせてから、丼に添えられた蓮華を手に取り、メンマの
「鶏の出汁が、よく取れていますね」
璃々江は正直に感想を口にしてから、メンマを箸でつまんだ。食べやすいように、細切りにされている。今日のメンマは、具に
「メンマは、
五百は、自ら作ったメンマを
「なるほど。昆布出汁を効かせた、あっさりとした味ですね」
柔らかい食感を楽しみながら、璃々江はもうひと口メンマを口にした。
「……武林様は、何と
さり気ない口調で、五百が唐突に切り出した。璃々江が無事に帰ってきた以上、一客一亭への誘いに応じたことは分かる。しかし、その他に何か言うべきことがあるはずなのでは……?
璃々江は蓮華ですくった
「承知した、と――」
「元日の件も、お世継ぎの件も、火天流奥義の件も、口にされなかったと?」
メンマの具である
「申し訳ございません。差し出がましいことを申しました」
「よいのです。……本当は、私もいろいろ尋ねたかった」
璃々江は、少し寂し気にメンマに視線を落とした。つい
「一客一亭の座か」
書状に目を走らせた武林は、それを丁寧に折りたたみ、懐中に入れた。
「承知した。だが、明後日とは
「申し訳次第もございません。事情が事情でございますゆえ」
璃々江は深々と頭を下げる。本来なら、もっと余裕をもって客の都合をうかがうべきなのだが、杉平外記から与えられた猶予は五日。明後日というのは、ぎりぎりの日取りだった――二日残るが、外記は何か考えていると璃々江は警戒し、あえて明後日を選んだのだ。
「事情か」武林は、わずかに口元を緩めた。微笑、と呼ぶには皮肉の色が強い。
「そもそも、お前は討っ手ではなかったのか。討つ側と討たれる側が、一対一で
そして
「命じられたのではございません」
璃々江は静かに、しかし、
「私が杉平家老に申し出て、お許しをいただいたのでございます」
武林は足を止め、目だけで振り返った。
「討たぬ、と申すか」
「討ちます」
璃々江は黒々とした瞳で、まっすぐ揺るがぬ視線を返した。「討つのは、貴方の心でございます。火天流の奥義を極めること叶わず、すべてを捨てた貴方の、
「璃々江様」
五百の呼びかけに、璃々江ははっと我に返った。五百は心配そうに、師の顔をのぞき込む。
「メンマが冷めてしまいますよ」
何事もなくほっとした、という口調で五百は指摘する。
「そうですね。せっかく作ってもらったメンマ、温かいうちにいただかなくては」
璃々江は本心からそう言って、メンマと、付け合わせの具である麺を同時に蓮華に乗せ、一緒にすすりこんだ。やわらかなメンマと、意外なほどコシのある麺の触感の違いが、璃々江を楽しませる。
「この麺も、樋浦殿に?」
「はい。ですが、さすがに私が打つのは無理ですので、先日樋浦様が持ってきてくださったものを熟成させました」
五百も璃々江を真似て、メンマと麺を同時に口に運ぶ。
「何でも、小麦の粉から選び抜き、卵をふんだんに加えてコシを出したとか」
「あの御仁も、相当な数寄者ですね」
璃々江は、もちもちとした麺の感触を楽しんだ。「メンマ奉行でありながら、具にすぎぬ麺に、ここまでこだわるとは」
「ですが、確かに美味しいです、この麺」
五百はあっと言う間に麺をすすり込み、最後のひと口を名残惜しそうに、好物の煮卵と共に口に入れた。
「お父君ご存命のみぎり、メンマを減らしてもっと麺を増やしたい、などとおっしゃって、たいそうお叱りを受けられたとか」
ふふ、と璃々江もつい笑ってしまう。あの青年とは、メンマと咖哩、それぞれの秘訣を交換教授する仲だ。そんな交流を重ねるうち、樋浦なら、メンマの主役になれる麺を作る、などとという大それたことも、いずれやってのけるだろうと感じるようになっている。
璃々江はしばし、武林も、討っ手のことも忘れて、メンマの食事を楽しんだ。
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