数寄なる道は月より遠く
倉馬 あおい
(一)ただの一服
「そちが、
家老である
「……わたくしに、勤まりましょうか」
意味のない問いであることは、璃々江も承知している。しかし、問わずにはいられなかった。討ち損じれば、お家お取り潰しもあり得るのだ。
外記は、無言で視線をあげる。黒い穴のような目が、すっと細められて璃々江を射抜く。その沈黙が、答えだった。
自分が討っ手に選ばれることは、元日の一件を知って以来、璃々江はほぼ確信していた。あの
「お点前、頂戴いたします」
璃々江は畳の上をにじって、外記の置いた黒茶碗を手に取った。分厚い陶器を通じて伝わる温かさが、冷えた手に心地よい。茶碗を畳の縁内に置いたとき、中の黄色がかった濃茶色の液体が、とろりと揺れた。
璃々江は一礼して押し頂くと、作法どおり茶碗を手前に二度回してから、そっと椀に口を付けた。ひと口啜ると、
(――
いつもの癖で、つい璃々江は茶碗の中身を識別し始めた。南蛮渡来の香料の中でも、特に希少な
「分かるか」
外記は、暗夜の
「……
この程度を見抜けぬようでは、福羽藩
「十二分に玉葱を焼いた
その香料は
「香料は粉に
しかし、と璃々江は言葉を切った。そのまま
椀を傾けて最後のひと口を飲み切ると、璃々江は椀の飲み口を拭ってから、迷いなく答えた。「水と共に、
「見事じゃ」
珍しく、外記が相好を崩した。もし普段の家老を知る者が見たら、仰天するに違いない。
「さっすが、福羽藩
討っ手の人選に満足した外記は、上機嫌で言い添えた。
「いかにもこれなる
「かたじけのうございます」
璃々江は、深く頭を下げた。また一つ、
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