Ice lolly6⋈③

 私の感覚が麻痺する。


 え……。

 月沢つきさわくんが、

 暴走族有栖ありすの総長?


「じょ、冗談はやめて下さい」

「ただの噂とか…ですよね?」

 私は恐る恐る聞き返す。


『てめぇ、バカか!』


 私の体がびくつく。


『せっかく現実教えてやってんのに』

『これだから本命作りたくねぇんだよ』


「じゃあ、天川あまかわくんも…?」


月沢つきさわに聞けば?』

『俺達のことよーく知ってるだろうし』

『でもまぁその前に』

『“ありすちゃん、さよなら”だけどね』


 え、さよなら?


『もう時間切れ。速水はやみ

 天川あまかわくんがそう言うと、速水はやみくんは私の右耳からスマホを放し、自分の耳にスマホを当て直す。


『てめぇら月沢つきさわの居場所突き止めたんだろうな?』


「まだっす」


『何やってんだ!?』

『女使って今すぐおびき出せ!』


 電話がブチッと切れた。


「そーいうことなんで、ごめんねー」

桃原ももはら


 桃原ももはらくんが私のセーラー服をめくる。


「きゃっ」


「おお、なかなかいいな」

 桃原ももはらくんはそう言うと白いブラのリボンを人差し指で触れた。


「ゃっ…」


月沢つきさわくーん、彼女泣いてるよー」

「早く出て来ないとヤラれちゃうよー?」

 速水はやみくんが楽しそうに呼ぶ。


 血の気がみるみる内に引いていく。


 赤羽あかばねくんの時は夕日ゆうひちゃんに伝わったから夜野やのくん達に助けてもらえたけど今日は……。


 私、このままヤラれちゃうの?

 そんなの、


 絶対に嫌だ。


 お願い、届いて――――。


月沢つきさわくん、たす、けて」


 ――――パタ。

 シューズの音が響いた。


 月沢つきさわくんが教室の中に駆け入ってきて、


 速水はやみくんの顔面目掛けて自分の鞄を思い切りぶん投げ、

 桃原ももはらくんを瞬時に突き飛ばす。


 ドゴッ!

 鞄は速水はやみくんの顔面に直撃し、


 桃原ももはらくんは教壇に背中をぶつけ、その反動で床に倒れる。

 その隙に月沢つきさわくんが私の右肩を抱えて後ろのロッカーまで移動する。


月沢つきさわ、てめぇ!」

 速水はやみくんは荒々しい声を上げ、月沢つきさわくんに鞄をぶん投げ返す。


 月沢つきさわくんは鞄をキャッチすると、


「…お前、誰?」

 速水はやみくんに無表情な顔で問う。


天川あまかわくんの友達って言ったら分かるよなぁ?」

「盗聴されてんのに気づかねぇなんてかっこ悪っ」

「女に現抜かしてるから気づかねぇんだよ」

 速水はやみくんは、ふっとあざ笑う。


「…あぁ、アレ? オモチャかと思ったわ」

 月沢つきさわくんが余裕な笑みを浮かべると、


 速水はやみくんは目を見張る。

「てめぇ、まさかわざとおびき出して…」


 優等生姿の夜野やのくんとハニーブラウンの髪をした三月みつきくんが教室の中に入って来た。


怜王れお、出入り口は押さえたよ」


「俺達が相手してやる。かかって来い」


 夜野やのくんと三月みつきくんが続けてそう言うと、


「てめぇら、なめやがってえええええ!」


 速水はやみくんと起き上がった桃原ももはらくんが狂い叫び、夜野やのくんと三月みつきくんに殴りかかる。


 夜野やのくんと三月みつきくんは拳を受け止め、2人を机に投げ飛ばす。


 殴り合いの喧嘩が始まった。


「見つけたぞ!」

「何やってる!!」

 駆けて来た男の先生達が叫び声を上げて教室に入ってくる。


「チッ」

 桃原ももはらくんが舌打ちし、


「引き上げるぞ」

 速水はやみくんは桃原ももはらくんを連れ、廊下に出ようとする。


「取り押さえろ!」

 男の先生達が叫ぶと夜野やのくん達と一緒に2人を取り押さえた。


「くっそおおおお!!」


 速水はやみくん達は4人に連れられて行く。


 両足の力が抜け、ぺたん、と床に崩れ落ちる。


「…星野ほしの!」


 月沢つきさわくんはしゃがみ、


 しゅるっ。

 背中で縛られた両手のリボンをほどいてくれた。


 月沢つきさわくんは私の頭をぽんっと叩く。

「…もう大丈夫だ」

「…悪いな、巻き込んで」


 巻き込む?


「…………」

 私は黙る。


「…星野ほしの?」


 ねぇ、月沢つきさわくん。


 ウィッグから汗が垂れ、

 私の顔が今にも泣き出しそうな顔に変わる。


 月沢つきさわくんは本当に、

 暴走族有栖ありすの総長なの?


 くらぁっ…。

 前に倒れ、月沢つきさわくんが私を抱き締める。


「…おい、星野ほしの!」


「はぁっ、はぁっ…」


「…体が冷たくなってる。マズいな」


 月沢つきさわくんは首に手を回させ、私の腰に手の平を当てる。

 もう片方の手で足を持ち上げ、そのまま私をお姫様抱っこすると教室から出た。


 …違う、よね?


 両目を閉じると、睫毛から涙が零れ落ちる。


 月沢つきさわくんは暴走族有栖ありすの総長じゃないよね――――?



 凍るような寒さ…。


 え…冬の夜?


 倒れた小さな私に多数のバイク…?


 周りには暴走族達が倒れて…。


 なんで?

 一体何が……?


 黒髪の男の子が近づいて来た。

 男の子は背が高く、パーマをかけたショートボブの髪型をしている。


「素晴らしい」


 誰?

 俺様で荒い感じ…。


「気に入った」

「お前、俺の物になれ」


 ぶわっ。

 黒い翼の羽が降り注ぎ、男の子の姿が見えなくなった――――。



「…はっ」

 私は目を覚ます。


 今の夢?


「…大丈夫か?」


 え? 保健室?


 私は寝たまま窓の外を見る。


 外、もう真っ暗…。


月沢つきさわくんがここに…?」


「…あぁ」

「…軽いショック状態で保健の先生が水分補給と体を温めてくれた」


「全然覚えてない…」


「…そう」


速水はやみくん達は?」


「…お前が寝ている時に凜空りくから電話もらって」

「…生活指導の先生と一緒に警察に連れて行かれた」

「…残った先生達にさすが優等生だって感謝されたって言ってたわ」


「そっか…」


「…星野ほしの、飲む?」


「うん」


 私がゆっくり起き上がると月沢つきさわくんがふたを開けてスポーツドリンクを手渡してくれた。

 一口飲むと蓋を閉めて丸い椅子の上に置き、スカートからスマホを取り出す。


 スマホを見ると、氷雅ひょうがお兄ちゃんと表示される。


「あ、氷雅ひょうがお兄ちゃんから電話…」


「…俺のことは言うなよ」


「分かった」

 私は電話に出て、右耳にスマホを当てる。


「も、もしもし」


『ありす、無事か?』


「うん、今保健室にいる」


『怪我したのか!?』


「ううん、ちょっと疲れただけ」


『迎えに行く』


「大丈夫。今から電車で家まで帰るね」


『分かった。気をつけて帰って来いよ』


 電話が切れた。


「…星野ほしの、なんで泣いてんの?」


「まだ、帰りたくない」

 私はセーラー服の上から自分の胸に手を当てる。


「ここのリボン、触られた…」


 月沢つきさわくんが両目を見開く。


 ――――金髪なのは俺だけが知ってればいいだろ?

 ――――登校する時は必ず黒のウィッグ被ること、いいな?

 氷雅ひょうがお兄ちゃんの言葉が脳裏をぎる。


 約束、したのに。

 破るなんて許されないのに。


 月沢つきさわくんが、

 “暴走族有栖ありすの総長”かもしれないのに、


 今日だけは許して。


 私はぎゅっと布団を掴み、約束を完全に破る覚悟の目で見つめる。


月沢つきさわくん、ウィッグ取って」


 月沢つきさわくんは見つめながら私のウィッグを取る。

 そして自分のウィッグも取った。


 金髪と白髪。


 本当の私と月沢つきさわくんがあらわになる。


 ドサッ…。

 月沢つきさわくんは私をベッドに押し倒す。

 右手からスマホが床に滑り落ちた。


 しゅるっ。


 あ、セーラー服のピンク色のリボンがほどかれて……。


 月沢つきさわくんが色気のある甘い目で見つめてくる。

「…ほどいて」


 しゅるっ。

 私はネクタイを引っ張り、ほどく。


 セーラー服の中に右手が入ってきた。


 まるで心を掴み癒すように、

 白いブラのリボンをぎゅっと掴まれる。


 私が少し口を開けると、


 ギシッ……。


 月沢つきさわくんが私の横に右手を突く。


 近づいてくる甘い唇。

 静かに両目を閉じると月沢つきさわくんの唇が重なった。


 窓から見える真っ暗な夜空。

 真っ白な月が陰る。


 あふれる涙。


 もう声にすらならない。


 私の心に絡まったリボンが破れた。

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