【第3話】終末の学級
「やったな……!」
背後から響いた叫び声。
リョウの右腕が変形し、粘液状の異形の胸部を貫いたその瞬間だった。
戦闘は、開始からわずか13秒で終わった。
地下通路の床に、崩れるように異形は崩壊する。
その死骸から、黒煙と共に紫がかった光の粒が揺れ、空気中に消えていった。
「……変異体“未登録個体”を確認。政府連絡網に自動送信完了」
リョウの携帯端末が、自動的に報告を終える。
彼はその画面を無感情に見つめると、変形した右腕を徐々に収縮させていった。
金属的な光沢が皮膚に埋もれ、傷口のようにただれた肌が残る。
(……まだ完全じゃない)
そう思いながら、彼は周囲を見渡した。
人の気配は消えていた。
都市生活の中で「異常事態」への反応は速い。
封鎖された地下道、逃げ惑う通行人、そして警察や消防が到着する直前のわずかな時間。
その“空白”だけが、リョウに与えられた“自由”だった。
翌朝――
市立翔栄高校、2年D組。
仮編入生・リョウが教室に入った瞬間、空気が凍りついた。
誰も口には出さないが、昨日の“騒ぎ”の噂は既に広まっていた。
「見た? 昨日、駅前の地下道でなんか起きたって……」
「動画も出てる。“人型兵器”とか“変異体”とか……」
「……まさかアイツじゃね?」
「目、同じだった。あの……青い光」
クラスの視線が、リョウの背中に突き刺さる。
彼は何も言わず、自分の席に座った。
誰にも話しかけない。誰の目も見ない。
ただひとりだけ、声をかけてくる者がいた。
「……おはよう」
隣の席のリオだった。
彼女は他の生徒の目を一切気にせず、自然体でリョウの前におにぎりを差し出した。
「これ、朝作りすぎた。食べる?」
「……なぜ」
「え?」
「……なぜ、俺に構う」
リョウの声は低く、殺気すら含んでいた。
だがリオは微笑む。
「だって、君が誰かを殴ったって噂は本当かどうか知らないし。
でも、おにぎりを差し出されて“ありがとう”も言えない奴の方が、よっぽど怖いじゃん?」
その言葉に、リョウは一瞬、言葉を失った。
(……“ありがとう”)
記憶の底から、別の声が蘇る。
『礼を言え。それは、“人間”の証だ』
そう言ったのは――翔真だったか。あるいはもっと前の誰かか。
「……ありがとう」
小さく、それだけ言うと、おにぎりを受け取る。
リオはにっこりと笑った。
放課後。
その日の下校中、再び駅前で異変が起きた。
「退避してください! この先立入禁止です!」
交通整理の警官が声を張り上げる中、
現場にいた数人の学生の証言が拡散された。
《“人間の形をした怪物”が歩いていた》
《皮膚が半分なかった》
《笑ってた。こっち見ながら、笑ってた――》
それは、“Ωシリーズ”の先触れだった。
数日後。
政府中枢の研究局。
モニターに表示された映像は、駅前監視カメラのものだった。
「これが……Ω-01の初期進行個体」
画面には、フードをかぶった細身の青年が映っていた。
肌は斑状に変色し、左腕が異様に長い。
歩行も正常で、顔には笑みを浮かべていた。
「人間との見分けは不可能だな。だが……反応は“あの事件”の個体と類似している」
「コード13……つまり“リョウ”と?」
「そうだ。奴も“御影亮”のデータから派生した存在。
だがΩシリーズは、独自に進化を始めている。……翔真のいない今、制御できるのか?」
その会議室の片隅、無言でモニターを睨む一人の女性――雪乃がいた。
その手には、かつての記録媒体が握られている。
“黒牙翔真:最終戦闘記録”。
彼女の瞳は揺れていた。
(翔真……あなたが残した“希望”は、まだ……)
一方その頃、施設の一室。
リョウは自室で、腕の皮膚を剥がすように観察していた。
再生が遅れている。昨日の変異の影響だ。
「……制御率、まだ40%以下か」
彼の目は、すでに“戦い”に向けて研ぎ澄まされていた。
だが、ふと――
ポケットから小さく取り出したメモ帳。
そこには、リオが渡した文字が一言だけ書かれていた。
【友達になるって、簡単に言えば“覚える”ことから始まるんだよ】
リョウは、少しだけ息を吐いた。
戦闘以外にも、“覚えること”があるのだと。
人として。
ヒーローになるよりも、遥かに困難な道――
人間として、生きるということを。
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