第39話 終焉の街、始まりの音

 夜が明けた。


 廃墟の街に、久々に訪れた朝。


 瓦礫の山と静けさの中で、翔真はただ一人、崩れた地面に膝をついていた。


 そこにはもう、御影の姿はなかった。

 変異の力と共に燃え尽き、最後には光となって消えた。


 掌の温もりは、まだ残っている気がした。


 異形の戦いの余波で、右腕はすでに限界だった。


 翔真の姿も、もはや“人間”のそれとはかけ離れていた。

 硬質化した部位は、時間と共に戻る気配もなく、身体の一部として沈殿し始めていた。


 「……俺は、どこまで人間でいられる?」


 そう呟いた自分の声すら、今はもう、ひどく遠いものに思えた。


 だが、背後から風が吹き、微かな音が響く。


 コツ……コツ……。


 ヒールの音だ。


 「……翔真」


 その声に、翔真はゆっくりと顔を上げた。


 そこに立っていたのは、雪乃だった。


 彼女は、今にも崩れそうな表情で翔真を見つめていた。


 「終わったの……?」


 翔真は、力なく笑った。


 「……ああ。御影は、もういない」


 雪乃は言葉を失い、ただ一歩、翔真に近づいた。


 瓦礫の上を無理に歩き、膝をつきながら、彼の手をそっと握る。


 「おかえり」


 その言葉に、翔真は初めて、身体の芯から泣いた。


 嗚咽ではない、静かな涙。


 それは、決して許されるものではないはずの帰還に、誰かが灯してくれた救いだった。


 「……ただいま」


 そのやり取りの陰で、遠く離れた場所――政府の観測施設では、別の事件が進行していた。


■ 場面転換:地下研究施設【CODE-LUX】

 黒瀬司令がモニターの前で、渋い表情を浮かべていた。


 彼の背後には、複数の研究者とオペレーターたちが、緊張に満ちた空気の中で作業を続けていた。


 「……これは、どういうことだ?」


 一人のオペレーターが震える声で答える。


 「御影亮のコア崩壊を確認後、同一波形の信号が複数、都市近郊で検出されました……!」


 モニターに映し出されたのは、御影が持っていた異形化波長と酷似した“新しい活動体”の存在反応。


 しかもその数は、一体や二体ではなかった。


 「数は……?」


 「現在、確認できているだけで……十三体。しかも、いずれも“活性型”です」


 黒瀬の表情が険しくなる。


 「まさか……御影の変異は、単体の事故じゃなかった……?」


 背後のスクリーンに、映像が切り替わる。


 その画面には、フードをかぶった複数の人物たちが写っていた。


 顔は隠れていたが、その中の一人が、ゆっくりとカメラの方を向き、不気味に笑った。


 「“次”は始まっている。翔真が止めたのは……まだ、序章だ」


 映像が途切れる。


 室内の温度が一気に下がったような錯覚。


 黒瀬は口を固く結んだ。


 (やはり、“彼”だけでは足りない――)


 その思考の果てに浮かぶのは、かつて凍結されたはずの“別プロジェクト”の記録だった。




病院の一室

 翔真は仮設の医療室で、腕に繋がれたチューブと共に静かに目を覚ました。


 雪乃が、ベッドの横で寝ている。


 窓の外では、朝焼けが街を赤く染めていた。


 「終わった……わけじゃ、ないんだな」


 その声に、雪乃が目を覚ます。


 「また……戦うの?」


 翔真はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。


 「……あいつを救えたのに、また誰かが同じようになるなら――止めなきゃいけない」


 雪乃の瞳に、一瞬だけ寂しさが過る。


 だが、すぐにそれを押し込め、微笑んだ。


 「なら、私も一緒に行く。研究班に志願した」


 「は……?」


 翔真は目を見開いた。


 「ずるいよ、一人だけ命かけて。私は逃げたくない。あなたを……今度は私が守りたい」


 その言葉に、翔真はもう一度だけ、涙をこらえた。


 新しい戦いが始まる。


 だが今回は――一人じゃない。

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