第38話 最終撃

 空気が、張り詰めていた。


 風は止まり、音は消え、廃ビル街の中心に立つ二つの影が、互いを睨み合っている。


 翔真と御影。


 かつて、同じ教室で笑い合った少年たちの、その最終局面だった。


 御影の身体はすでに人の形を捨てかけていた。

 骨のように露出した外殻、内側で蠢く臓腑のような器官。

 片目は潰れ、口元は裂けた獣のようになっていた。


 翔真もまた、両腕と片脚を完全に硬質化させていた。

 青白い脈が全身を走り、まるで心臓そのものが光を吐いているような状態だった。


 互いに、もう“あと一撃”しか残っていない。

 それを、わかっていた。


 「翔真……」


 御影が、低く声を発した。


 「なぁ……俺は、お前に救ってほしかったんだと思う」


 その声に、翔真の呼吸が止まる。


 「でももう、戻れねぇ。だからせめて、終わらせてくれ」


 「違う、御影――お前は……!」


 「いいから。来いよ、“ヒーロー”」


 ――カチッ。


 御影の胸部に格納されていた“コア”が露出する。


 赤黒く、脈打つ球体。

 それは彼の命そのものであり、そして“変異”の心臓でもあった。


 「俺を、殺せ」


 翔真は息を呑んだ。


 そして、右腕を構える。


 その刃は、今までになく静かに光を灯していた。


 「……行くぞ」


 「来い」


 刹那。


 翔真が走る。

 視界の端が焼け、世界が白黒に反転する。


 御影が吼える。

 その背から黒い翼のような装甲が広がり、最後の反撃を放とうとする。


 翔真の右腕が青白い光を束ねる。


 それはもはや技名を持たない――ただ一つの、“別れ”の一撃。


 「御影アァァアアアア――――!!」


 ――ズドォォォンッ!!!


 地面が抉れ、衝撃波が広がる。


 廃ビルが次々と倒壊し、夜空に土煙が舞い上がる。


 しばらくして。


 その中心に、二人の影が静かに倒れていた。


 翔真は、御影の身体を支えていた。


 その胸には、青白い光の剣が深々と突き刺さっていた。


 コアは砕け、御影の赤い目が徐々に人の色へと戻っていく。


 「はは……」


 御影が微笑んだ。


 「やっぱ、お前には……敵わねぇや」


 「……バカ」


 翔真は、震える声で言った。


 「どうして、こんなことに……ならなきゃならなかったんだよ……っ」


 御影の目尻から、黒い涙が一筋、零れる。


 「なぁ翔真……」


 「……ああ」


 「最後にさ……俺、“人間”に戻れてたかな」


 翔真は、静かに頷いた。


 「……ああ。お前は、ちゃんと御影亮だったよ」


 御影は満足そうに目を閉じた。


 翔真の腕の中で、光の粒となって、静かに消えていった。


 その夜、翔真は初めて心の底から、声を上げて泣いた。


 誰もいない廃ビル街に、少年の嗚咽が、夜明けまで響いていた――。


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