第37話 破壊と記憶

 衝突の瞬間、空気が裂けた。


 翔真の刃――硬質化した右腕から生えた黒い骨の剣は、御影の左腕の装甲を真っ二つに切り裂いた。


 「ぐ……あッ!」


 御影の赤い目が見開かれ、咆哮とともに跳び退く。


 しかしその声に痛みは薄く、むしろ興奮に近いものが混じっていた。


 「やっと“本気”出したな、翔真ァッ!」


 傷口から黒煙が吹き出し、御影の腕は瞬時に再構成されていく。


 装甲の裂け目が蠢くように閉じていき、それと同時に彼の体躯はさらに異形へと変貌していった。


 「まだ間に合う。お前は戻れる……! そんな力を使い続けたら――!」


 翔真は叫びながら跳びかかる。


 だが、その一撃は御影の尾のように変質した脊椎状の装甲に弾かれた。


 「戻れる? 戻る? ――何に?」


 御影は嗤うように言った。


 「俺が“人間”だったときのことなんて、もう何ひとつ覚えてねぇよ」


 その言葉を聞いた瞬間、翔真の脳裏に――過去の記憶が突然フラッシュバックする。


■ 回想:中学時代

 中学二年の春。

 体育祭の打ち上げで、翔真と御影は無人の屋上にいた。


 「なあ翔真、あのさ」


 珍しく、御影が真面目な声を出した。


 「俺さ……このまま、みんなと普通に生きていけると思う?」


 「……は?」


 御影は当時からどこか浮いていた。

 学力も体力も抜群なのに、何かに馴染めず、無理に明るく振る舞っているような違和感。


 「なんかさ、時々……自分の中の“何か”が、全部壊したがってる気がするんだよな」


 翔真はその時、どう返していいかわからず、黙って御影の隣に座った。


 そして、買っておいた缶コーヒーを一本、無言で差し出した。


 御影はそれを受け取り、かすかに笑った。


 「ありがと、翔真。……お前は、変わんねぇな」


 ――その言葉が、なぜか今、胸に刺さった。


■ 戦闘、現在

 (御影……本当は、ずっと……)


 翔真の目に、涙のような汗が滲む。


 敵として対峙している今、過去の彼の孤独と、抱えていた歪みの全貌が、ようやく見えた気がした。


 「御影……俺は、あの頃のお前の“声”を、ちゃんと聞けてなかった……」


 「だから今度こそ、――逃げない!!」


 翔真の両手が異形化する。


 黒と青の装甲が光を放ち、腕からは翼のように刃が伸びる。


 「『零式・裂空』ッ!!」


 高速旋回と同時に、翔真の身体が空を裂いて御影へと突進する。


 御影も咆哮を上げ、背中の装甲を裂いて“羽根”のような突起を開き、迎撃体勢に入る。


 ――轟音。


 ――光の奔流。


 廃ビルが崩れ、地面が陥没し、地上の街が一瞬だけ真昼のように輝いた。


 両者が、互いを破壊しながらもなお、生きようとするその矛盾の奔流が、空を裂いて炸裂する。


 激突の余波で翔真の装甲が割れ、御影の片目が焼け落ちた。


 それでも、まだ終わらない。


 地面に倒れた二人が、互いに血を吐きながら立ち上がる。


 「しぶといな……翔真……」


 「お前こそ……変わってねぇよ、御影……っ」


 互いに、まだ心の奥底では理解している。


 この戦いは、本当は“勝ち負け”のためじゃない。


 ただ、お互いが「どこで間違えたのか」をぶつけ合っているだけだと。


 「……次で、決めるぞ」


 「……ああ」


 夜の風が二人の髪を揺らす。


 誰もいない、化け物同士の決闘の最終幕。


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