第36話 御影との決戦

 廃ビル群が並ぶ東地区。

 かつて物流センターとして使われていたそのエリアは、今や人の気配すら絶え、闇と風が支配する死地と化していた。


 ひび割れたアスファルト、砕けたコンクリ片、立ち入り禁止のテープが色褪せて風に踊る。


 翔真は無言でその中を歩く。


 足音が重く響くたびに、背後の世界が遠ざかっていくようだった。


 そのときだった。


 ――カツン。


 金属音。


 耳慣れた音だ。

 御影亮の、あの硬質な爪がコンクリの地面を軽く叩いたときの音。


 「来たな、翔真」


 闇の中から、御影がゆっくりと歩み出てきた。


 その姿はもはや人ではなかった。

 銀灰の装甲はかすかに赤い光を放ち、背中からは脊椎のような突起が波打つように動いていた。


 目は左右非対称に変形し、片方だけが異常に肥大化している。


 「御影……」


 翔真の声は風に消えそうになった。


 「黒瀬に言われたんだろ? 俺を止めろって」


 御影は嘲るように笑い、両手の爪を鳴らす。


 「それでお前は来た。俺を“正す”ために、正義の味方ヅラして」


 「……違う。俺は……お前を救いたいと思ってる」


 「救う? 俺を? ――ハハッ、面白ぇ!」


 御影は笑いながら、一歩踏み込む。

 その衝撃で地面が爆ぜ、破片が翔真の頬をかすめた。


 「ならさ――お前に俺を止められるって証明してみろよ、翔真ァ!」


 次の瞬間、御影が音を置き去りにして翔真へ飛び込んできた。


 爪が振るわれる。


 ガキィィィン!


 翔真は左腕を盾のように硬質化させてそれを受け止めた。

 装甲と装甲が激突し、火花が散る。


 「速いな……前よりも……!」


 翔真は距離を取り、構え直す。


 御影は追撃の構えを崩さず、口元を吊り上げた。


 「当たり前だろ……俺は“進化”してる。どんどん、“人間じゃなくなってる”」


 翔真はその言葉に一瞬だけためらう。


 その隙を御影は逃さなかった。


 「甘い!」


 地を滑るように接近し、鋭く爪を突き立ててくる。


 翔真はギリギリで躱し、背後からカウンターを放つが――


 「遅い!!」


 御影の膝蹴りが翔真の腹部を撃ち抜いた。


 鈍い衝撃。

 内部装甲が軋み、肺の空気が一気に押し出される。


 「がっ……!」


 翔真は吹き飛ばされ、コンクリの壁に激突した。


 瓦礫が崩れ落ちる。


 (強い……! こいつ、本気で“変質”してる……!)


 息を整えながら翔真は立ち上がる。


 御影はその様子を冷ややかに見ていた。


 「なあ翔真……お前も、心のどこかで感じてるだろ?」


 「何を……」


 「この力の心地よさをさ」


 御影の声は低く、ねっとりと甘い。


 「人間でいるより、ずっと楽で、ずっと自由で、ずっと――破壊的で、気持ちいい」


 翔真は唇を噛み、拳を握る。


 「そんなの……俺は認めない」


 「じゃあ力ずくで否定してみろよ。さっきからずっと言葉だけだぞ、翔真」


 再び御影が仕掛けてくる。


 だが――


 翔真も限界を超えた。


 (俺は……もう迷わない!!)


 右腕が完全に異形化する。


 青白い光が螺旋状に集まり、黒い骨の刃が形成される。


 翔真の身体が蒼く発光する。


 その輝きは、御影の赤光と対を成す――人と化け物、希望と破壊のコントラスト。


 翔真が地面を蹴る。


 「御影……お前を、絶対に止める!!」


 激突。


 その一撃は、夜の街を震わせる閃光となった――!

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