第35話 決戦前夜

 放課後の校舎。


 夕陽が廊下を赤く染め、窓ガラスに映る自分の顔はどこか遠い他人のように見えた。


 胸の奥の青白い脈は昼間だというのにじくじくと光り、少し気を抜けば硬質化した爪が飛び出しそうになる。


 (……夜になったら、御影を……)


 思考がそこまで辿り着くと、喉が苦しくなり深く息を吐いた。


 「おーい、榊!」


 軽い声に振り返ると、篠原岳が片手に鞄を持ち、もう片手でペットボトルをぶらぶら揺らしながら近づいてきた。


 「な、なんだよ」


 自分でも思ったより声がかすれていて、少し気まずい。


 篠原は「やっぱ顔暗ぇなー」と呆れたように笑って、そのまま翔真の肩にペシッと拳をぶつけた。


 「最近全然ゲーセン行かねーじゃん」


 「……」


 「ちょっとはバカみたいに遊んでろよ、お前。いつも頭ん中で難しいこと考えてんだろ」


 図星だった。


 翔真は少しだけ視線を落とし、窓の外の赤い校庭を見つめた。


 「……篠原」


 「ん?」


 「俺……もし、もう戻れなくなったら……どうする?」


 篠原はきょとんとした顔で、しばらく何も言わなかった。


 でもやがて、小さく笑って首を振る。


 「は? なにそれ。意味わかんねーし」


 それだけ言って、ペットボトルのキャップを軽く開ける。


 「お前はお前だろ? 何があっても。……俺はそう思ってっから」


 胸が熱くなった。


 (何があっても、俺は俺――)


 「……変なこと言うなよ。なんか心配になんじゃんか」


 篠原はペットボトルを飲み込み、わざとらしく肩をすくめて見せた。


 「ま、俺が心配するようなことねーんだろ? またいつでも話せよ。くだらねーことでもいいからさ」


 拳を軽くコツンとぶつけられた。


 その温かい感触に、思わず涙が零れそうになる。


 「……ありがとな」


 「おう。まぁ俺は気楽にやるから、お前もちゃんと笑え」


 夕陽の中、篠原の笑顔が眩しく見えた。


 夜――


 翔真は制服の胸を強く掴み、薄暗い道を一歩一歩歩いていた。


 胸の奥では青白い脈が重たく光り、硬質化した骨が不気味に軋んでいる。


 (これから御影と……)


 足が自然に止まる。


 頭の奥で御影の笑い声が響く。


 ――「お前もいつか分かるよ」


 (違う……俺は……あいつみたいにならない)


 (人を守るために、この力を使うって……決めたんだ)


 爪が硬質化して黒く伸びる。


 視界の端が暗く閉じ、HUDが起動する。


 自分の呼吸音が機械のフィルターを通して響いた。


 (御影……)


 (俺が、お前を……止める)


 自分に言い聞かせるように、拳を強く握り締めた。


 その爪が掌に食い込み、小さな赤黒い光がにじんだ。


 夜風が吹く。

 遠くで犬の吠える声が響き、その向こうで街灯が不自然に揺れた。


 その先に、御影の気配があった。


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