第34話 御影、そして黒瀬の決断

 夜――

 冷たく濁った空気が街に満ちていた。


 ビルの谷間に潜む闇は、昼の喧騒を忘れさせるほど深い。

 そこで、翔真は黒瀬と向き合っていた。


 無機質なコンテナヤードの一角。

 照明が不自然に明るく照らすその中で、黒瀬は冷たい瞳で翔真を見つめていた。


 「御影亮を止めろ」


 その言葉は、乾いた弾丸のように翔真の胸を撃ち抜いた。


 「……止めるって、どういう意味だ」


 翔真は震える声で問い返した。


 黒瀬はわずかに眉を動かし、端末の画面を翔真に突き出す。


 そこには御影が先日の任務で市民を巻き込み、破壊を楽しんでいるように見える映像が複数並んでいた。


 「御影は既に理性の制御限界を超えつつある。彼自身が危険因子になった」


 「……そんな……」


 翔真は喉を詰まらせた。


 黒瀬は感情のない声で続けた。


 「我々はヒーロー適合者を兵器として認可している。御影はその“兵器”として、既に危険な暴発段階に入った」


 「だからって――!」


 「――お前しかいない。あいつと同等に戦えるのは」


 ビル風が吹き抜け、翔真の制服を揺らした。


 硬質化した胸の奥で、青白い脈が苦しく光った。


 (御影を……止めろ?)


 (御影は、俺と同じ……俺と同じ、適合者で……)


 黒瀬は言葉を止めて翔真を冷たく見た。


 その瞳には一切の情がなかった。


 「榊。君は何のためにその力を持っている?」


 その言葉は黒瀬らしくなく、どこか試すように響いた。


 翔真は答えられなかった。


 (俺は……御影みたいになりたくない)


 でも――

 (御影を……殺せるのか?)


 「……明日の夜。御影は東地区での殲滅任務に投入される。おそらく、最後の制御試験だ」


 黒瀬は背を向けて、歩き出す。


 「それまでに決めろ。君がどうするか」


 遠ざかる足音だけが、コンテナの間に残響していた。


 翔真はその場に立ち尽くし、硬質化した爪を強く握り込んだ。


 (御影……)


 胸がひどく痛んだ。


 青白い脈が苦しそうにひくつき、視界が滲んだ。


 夜の帰り道。


 商店街はもう閉まりかけていて、人通りも少なかった。


 看板の灯りだけが、かろうじてそこに生活があることを示している。


 (御影……全部壊して楽になりたいって、あれ……本心だったんだな)


 思い出したのは、御影が自販機の前で缶コーヒーを持って微笑んだ顔。


 ――「普通の高校生っぽくね?」


 あの言葉は、今になって思えばとても切なかった。


 (あいつも……本当は人間でいたかったんじゃないのかよ)


 気づくと涙が滲んでいた。


 それでも立ち止まらず、硬質化した足を引きずるように歩き続けた。


 その夜は一睡もできなかった。


 青白い脈が何度も光を増し、身体が勝手に変質しそうになる。


 そのたびに深く息を吐いて、必死に自分を抑え込んだ。


 (俺は……御影を止められるのか?)


 (本当に……俺にそんなことが……)


 夜明け前の窓の外で、街灯の灯りがふと瞬いた。


 そのわずかな光だけが、翔真をかろうじて引き留めていた。

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