第40話 その背に刻まれし名を
午後の光が差し込む訓練場。
そこには、かつての廃ビル街と同じ匂いが、微かに残っていた。
翔真は、かつて御影と戦った異形の姿の一部を残しながらも、
今ではそれを制御し、自らの意思で変異の力を出し入れできるようになっていた。
「出力制限値、安定しています。問題ありません」
モニターの前で、雪乃が微笑んだ。
彼女は研究班から現場指揮官として移籍し、翔真の“サポーター”となっていた。
「さすがだね、“コア適合者”」
そう声をかけたのは、黒瀬だった。
戦後、司令部は解体され、彼は翔真の直属となる新部隊の総監督となった。
「これで君は、正式に“英雄級保護対象”だ。だが同時に……」
「“戦力”ってことですよね」
翔真は肩をすくめる。
戦いの果てに、“ヒーロー”は人間ではなくなった。
だが、彼は――笑っていた。
「それでも、守りたい奴がいるんで。御影が守れなかったもの、俺が引き継ぎますよ」
黒瀬はその目を細め、満足そうにうなずく。
「……もう一人、会わせたい人物がいる」
彼に案内され、翔真が通されたのは、別棟にある機密施設の一室だった。
そこには、一人の少年がいた。
年の頃は十四、五。
やせ細った体に、人工皮膚の処置がなされ、どこか“人間未満”のような表情をしていた。
「こいつは……?」
「“C候補”……御影と同じ施設で育った、いわば『次世代型』だ」
少年が翔真を見上げた。
だが、その瞳には感情というものが希薄だった。
「お前のことを、ヒーローだと思っている。……いや、そう“刷り込まれている”」
翔真は息をのんだ。
(あいつの意思は、まだ……利用されているのか)
「この子は救えるのか……?」
「それを決めるのは、君だ。翔真」
翔真は膝をつき、少年と目線を合わせた。
そして、そっと右手を差し出す。
「なあ。名前は、あるか?」
少年は、首を横に振った。
翔真は一瞬だけ考えた。
そして、かつての戦友の名を、心の中で呼んだ。
「じゃあ、お前の名前は“リョウ”だ」
少年の瞳が、かすかに揺れる。
「お前は、俺の背中を見ていろ。そして、自分で何者になるかを選べ」
「……リョウ」
その一言は、たしかに人間の“言葉”だった。
翔真は立ち上がり、黒瀬の方を振り返る。
「この子たちが“怪物”にならないように、俺はヒーローをやる。それだけです」
黒瀬は何も言わなかった。ただ、深く頷いた。
■ 数日後:都市中央公園・記念碑前
かつての戦場跡地には、翔真の名が刻まれた記念碑が建てられていた。
そこに立つのは、雪乃。
そして彼女の傍には、少年・リョウの姿があった。
翔真の姿は、そこにはない。
“英雄”はもう、どこにもいない。
だが――
その日。市街地に新たな異形の反応が出現したという報が入った。
避難命令が発令される中、誰よりも早くその座標に向かった一人の影があった。
彼は、誰にも姿を見せず。
名前も残さず。
ただ“その背”だけが、見る者の記憶に焼きついた。
夜の空を裂いて降下する異形の翼。
蒼い光をまとった剣。
そして、確かに聞こえた――あの時と同じ言葉。
「“変身”――ってのは、覚悟の証なんだよ」
人でありながら怪物となり。
怪物でありながら、人を守った“彼”の名は、今も語り継がれている。
その名は――
《黒牙翔真(こくが・しょうま)》
その背に刻まれし、“ヒーロー”の名で。
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