第4話 目覚めた身体

 かすかな機械音が聞こえていた。


 ピッ、ピッ、ピッ。


 一定のリズムで鳴る音に包まれながら、翔真はゆっくりと瞼を開けた。


 真っ白な天井。薬品の匂いが鼻を突く。

 自分が病院のベッドに寝かされていることを、朦朧とした頭でも理解できた。


 ゆっくりと視線を動かし、点滴の繋がれた右腕を見る。

 そして――左腕を見た瞬間、心臓が凍りついた。


「……っ……な……に、これ……」


 そこには見慣れた自分の皮膚はなかった。

 金属のように鈍く光る、硬質な装甲が腕を覆っている。

 血管に見えた青い筋が、脈動するたびにぼんやりと発光していた。


 慌てて起き上がろうとしたが、点滴のチューブに引っ張られ、ベッドの上でうまく体勢を変えられない。


「やだ……やだ、やだっ……!」


 心臓が早鐘のように打ち、呼吸が乱れる。

 病室の白が、急に恐ろしい檻のように感じられた。


「落ち着け」


 低い声が響き、翔真は息を呑んだ。


 ベッドの脇の椅子に、スーツ姿の男が座っていた。

 いつからそこにいたのか分からない。

 深く座り、脚を組み、冷ややかな目でこちらを見ている。


「……誰……だよ、あんた……!」


「黒瀬だ。君の担当官だよ」


 男は名刺を放るようにベッドに置く。

 翔真はそれを拾うこともできず、ただ震える手を胸に当てた。


「何をしたんだよ、俺に……!」


 声が裏返る。

 黒瀬は軽く息を吐き、「何もしていないさ」と淡々と告げた。


「ただ君は“選ばれた”だけだ。あの爆発事故――正確には未知のエネルギー反応に、君の身体は適合した」


「……適合……?」


「簡単に言えば、君の体は“ヒーロー”になる素質を持っていたってことだ」


 ヒーロー。

 あまりにも現実味のない単語に、翔真は目を見張る。


「これから君には、政府直属のヒーローとして活動してもらう。街を守るため、怪物と戦うんだ」


「ふざけるなっ……! 俺はそんなの……!」


「君が拒否したとしても、もう遅い」


 黒瀬は無表情のまま、薄い唇を歪めて言った。


「その腕を見ろ。――君はもう、普通の人間には戻れないんだよ」


 胸の奥が冷たくなっていく。


(戻れない……? 俺は、もう……)


 ベッドの上で、翔真は声にならない嗚咽を漏らした。


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