会長は生きている……のか?
猫DJゴッシー
会長は生きている……のか?
「会長は生きている……のか?」
猫DJゴッシー著
吾輩は猫である。猫DJである。名前はまだない、と言いたい処だけど、五所川原さ。DJゴッシーと呼んでくれ。世界中をDJツアーで回ってて忙しいんだけど、二年ツアーして半年休みみたいな生活だから、暇な時は暇、そんな時には別の仕事を色々しててね。モデルとして雑誌『猫びより』のグラビアに出たり、キャットフードのCMに出演したり、探偵業もその一つ。動物にしかできない事ってあるからさ。麻薬探知犬とか知ってるでしょ。猫の場合は、世間で動物磁気って言うのかな、嫌なオーラを探知できるんだ。猫って時々あらぬ方向をじっと見つめてるでしょ、あれは邪気を感じてるんだ。あと、猫に餌をやろうとして、シャーッって唸られた事ある? それは君から邪念のオーラが溢れてんの。自己修養した方が良いよ。
それにしてもノートパソコン、タブレット、スマホとか凄いよね。「ジャスト・猫サイズ」って感じで。頭蓋骨の構造上、人間の言葉は話せないけど、こういう小型電子機器のお陰で人間とのやり取りも出来るようになったし。猫がスマホいじってる動画を見た事あるでしょ? あんな風に俺がユーチューブで超美麗な雌猫のヨガ動画とか、猫が紙袋にヘッドスライディングする(ちなみに結構難しいんだ)映像とかダラダラ見てた時に、ピロ~ンとメールが入った。件名は「国税庁からのお願い」。
やばい、DJ稼業の儲けに課税か? とうとう猫にまで納税義務かと。
違った。そうじゃ無かった。文面に依ると、巨大宗教団体「草花流・栗花真理教会」の会長栗本花子(八十六歳)の生死を確認して欲しいとの事。課税じゃない、ホッとしてふわふわの胸毛を撫で下ろしたよ。しかし何故? 著名人は死んだらニュースになるし、ニュースになってないなら生きているはずだ。調べる必要なんか無い。何度かメールのやり取りをして、この国税庁担当官が言うには、国税庁には高齢者高額相続税予定者リストってのがあって、栗花花子は筆頭に上がっていたそうだ。なにしろ、この団体は信者の寄付金で土地を買い、細かく区画整理して墓石を並べ、それを信者に売りつけるという、濡れ手に粟のビジネスで一挙に巨大化した団体。宗教法人の税制優遇もあってまさに坊主丸儲け。その分、莫大になる相続税を国税庁はガッチリ頂こうと虎視眈々と狙っていたそうだが、花子は死なない、まだ死ない、全然死なない、何時まで経っても死なない。この際だから殺してしまえと言う意見まで出たらしい。その時、この担当官はふと思ったそうだ。
ひょっとして既に死亡してるんじゃないか? 死亡を公表できない事情が有るのでは?
この担当官が調査を進めると更に怪しい事例に行き当たったそうだ。目立ちたがり屋の花子は、毎年元旦に教会施設大ホールで信者相手に抱負を語り、その写真が翌日の教会新聞にデカデカと載るのが恒例になっているんだが、その恒例記事が十年前に無くなっている。その後も、教会新聞は毎年新年の抱負を記事にしているが、花子の事前録音を会場に流すだけのようだった。
事前録音でも花子の声なら生きてるでしょ、と返信したが、担当官はそこに何かトリックがあると踏んでいるらしく、相続税の脱税容疑で査察に踏み込みたいんだが、死亡が確認できないうちはそうも行かない。万が一、生きていたら、宗教弾圧だと騒ぐだろうし、己の出世にも響くから二の足を踏んでいる、とも返信メールに書いてあった。
メールの追記情報として、この十年、花子の目撃情報は皆無とあった。あれだけ有名な人物でしかも老人。絶対お付きの者と行動しているはずなのに、一般人はおろか教会員でさえ花子を見ていないそうだ。以前数年間、部下の査察官に花子の自宅を張り込ませたが、全く居る気配は無かったとの報告も上がっていた。となると、居るなら教会総本部しかない。この担当官が言うには猫なら人間よりも侵入し易いし、捕まった処で追い出されるだけだ。
「と言う訳で、ゴッシー君、潜入捜査を頼む。報酬はタワーレコード・ギフト券十万円分とマタタビ一年分って事で宜しく!」
そんなこんなで、手付金代わりに少し貰ったマタタビとスマホを猫用リュックに詰めて背負い、今、俺は「栗花真理教会」総本部前の広場に着いた。しかし凄いな。駅前の一等地だってのに、他にもこの教団施設が幾つも有って、どれが総本部か分かりゃしない。スマホのナビが無かったら絶対辿り着けなかったぜ。ただでさえ猫は迷子になりがちだから。取り敢えず日差しも強いしベンチの下で一休みだ。リュックを降ろしてマタタビを取り出し、噛み噛みしながら本部の玄関先を見てるんだが、人の出入りが多い。あ~良い、最高、マタタビ超効いてきた。最高ですか~、最高で~すってどっかの宗教団体の合言葉だった気が、まぁいいか。マタタビの花言葉が「夢見る心地」って本当なんだなぁ。なんかもう…効き過ぎて…どうでも良くなってきた……
「よう、それ分けてくれねぇか」突然背後から声がして振り返ると、マタタビの匂いを嗅ぎつけたのか、親分っぽい錆猫が後ろに仲間を連れてぞろぞろとやって来た。
「いいとも。一緒にやろうぜ。あぁそうだ。ちょっと訊きたいんだが、ここら辺でこの婆さん見掛けるかい?」スマホを取り出し、メール添付で税務官から貰った花子の画像を見せた。
「いや、知らないなぁ」周りの猫も首を横に振る。
「こいつがどうかしたのかい?」錆猫がマタタビを噛みながら言う。
「そこの建物に住んでるらしくて、もし君達が最近見掛けたってのなら、それで充分なんだけど、そうじゃないなら、中に入って確認しなくちゃならん。でもどうやって侵入するか……。ま、何はともあれ、さぁ皆、食べてくれ。マタタビ・パーティと行こうや」
「ニャウ~ン」待ってましたとばかりに、皆は一斉にマタタビを噛み、体に擦り付け、ゴロゴロと喉を鳴らして転げ回った。
涼しい風がひげを撫で、ふと目が覚めるともう夕方だった。相変わらず、総本部玄関では人が行き来している。
「どうやって入るかなぁ……」
「あそこな。もう少し経てば閉館する。夜警は一人だけだ」錆猫がお尻を高く挙げながらひれ伏すポーズで体を伸ばしながら続ける、
「しかも猫好きでな。俺はサビーって呼ばれてるんだ。玄関先でウニャウニャ鳴けばキャットフード持って出て来てくれる。猫缶の時もあるぜ。良い奴だよ。そうだ、マタタビの御礼に一仕事してやろう。俺が夜警の気を引いてるうちに、サッと入りな」
「マジか。助かるぜ」
とその時
キーッ
キキーッ
猛スピードで走って来たワゴン車が次々と玄関先で止まると同時に、助手席・後部座席から人が飛び出し、群れを成して突進するかの如く総本部へと消えて行った。
「なんだありゃ? 急患か?」五台も正面に停めたままでいいんかね。あぁ車両に会社名がある。泉工医科工業、小西医療器、東レ・メディカル、テルモにニプロ。テルモとニプロってあれだ、介護給餌用で針の無い注射器みたいなの作ってる会社。近所の猫爺も飼い主からあれでご飯食べさせて貰ってた。
「分からん。何人かは工具箱みたいなの抱えてたな。しっかしこのマタタビ美味いわ。何処で仕入れた?」
「貰い物だから分かんない。この仕事が終わったら、又持って来るよ」
「いいね、期待してるぜ。おっと、『蛍の光』が鳴ってる。もう閉館だ」錆猫は仲間の猫に向かって
「皆、いいか。俺はこいつとちょっと仕事をしてくる。直ぐ戻るから待っててくれ」
「了解~」「OK~」「行ってらっしゃい~」猫軍団の声援を受けて、俺達は総本部玄関へと向かった。閉館したのにワゴン車は駐車したまま。テルモ車の下に潜り込み、様子を窺う。
「よし、いつもの夜警だ。お前は自動ドアの横で待機しろ。さっき言った通り、俺が夜警を引き付けるから、夜警が自動ドアから出たら、ドアが閉まる前に入り込むんだ。いいな」錆猫は如何にもボスって感じで俺に命じた。
「分かった」俺はするりと這い出し、自動ドア横まで走った。錆猫は腹が減ったと言わんばかりの大声で鳴きながら、ゆっくりと歩いて来る。
ウィィーン、自動ドアが開くと夜警が満面の笑みを浮かべ、皿に山盛りのキャットフードを持って出て来た。
「サビー! お腹減ったんだね! さぁさぁお食べ」錆猫がこちらにウィンクしたので、こちらも有難うのウィンクを返してサッと飛ぶように入館した。
入った途端、ひげはプルプル震え、毛が逆立った。全面大理石の超豪華な回廊で歴代会長の肖像画がこちらを見下ろしている。しかしこのじっとりと纏わりつく感じは何だ。鉄っぽい匂い、それとも血の匂いか、微かな腐敗臭も気になる。邪気と匂いのする方へ歩を進めると、だんだん言い争うような声が聞こえて来た。
「おい、そっちの心肺装置はどうなってる!」
「うるせぇ。問題はそっちだろ。お前んとこの血液浄化装置動いてんのか?」
「なんだとコノ野郎! お前のケツにペースメーカーぶっこむぞ!」
「黙れ。尿道にカテーテル突っ込まれたくなかったら、早くその心肺装置直せよ!」
どうやら騒ぎは廊下を曲がった先のようだ。曲がり角からひょいと顔を出して見ると、一際大きな観音開きの大扉が少し開いていて、室内から光と怒声が溢れている。罵り合いの間に時々、男性が抑えた声で「どうでもいいから、早くして下さい」「未だ会長を死なせる訳には……」とか、よく聴き取れないが女性のか細い声も混じる。もっとよく聞こうと抜き足差し足で忍び寄ると、
「く、苦しいのよ。頭が割れるように痛い。早く治療して頂戴。MRIでもAEDでも何でもいいから」と老女の声が。
「会長、いや、母さん。笑わせてくれますね。あんたの体は頭以外全部機械になってますよ。見りゃ分かるでしょ。体が無いのにMRIしてどうすんの? 心臓無いのにAED? それとも心肺装置にAED当ててあげましょうか? 何十年も前から、財産分与しといた方が良いよってアドバイスしてたのに、全部私の、全部全部ぜ~んぶ私の物って、聞く耳を持たず、女性用風俗とホストに入れ揚げて、推し活、推し活って聞いてるこっちが恥ずかしいっての。挙句の果てに、ちょうど十年前だ、この会長室に男性セラピスト呼んで性感マッサージ中に心筋梗塞で死にやがって! あ、医療機器の皆さん、どうですか? え? やっと直った?」
「私だって心筋梗塞になろうと思ってなった訳じゃ……」
「黙れ! あの時俺は諦めたよ、ウルトラメガ莫大な相続税を払うしかないと。でもどうにかして母さんには生きて欲しかった。生きてる事にして財産分与を進めたかった。でもこれ以上恥ずかしい真似は止めて欲しかった。その時閃いたんだ。俺に必要なのはあんたの首だけだって。母さんの事だから体が残れば、『推し活』と言う名の風俗遊びをまた始めるだろ。未だに首だけになっても、ディープキスとかシャンパンを口移しに飲ませてもらってる位のエロ婆だからな。でもそれだって俺のお陰だよ、母さん。完全に死んでたら、こんな事さえ出来ないんだから。新年の挨拶を録音するだけで、あとは自由な生活だ。動けないけどな(笑)。まぁ国税庁に気付かれないように少しずつ十年掛けて、大分資産を移転したから、もうスイッチを切ったって良いんだよ。どうだい?」
「や、やめて。生きていたい」掠れ声で花子は言った。
「はっは。生きていたい? 正直に言えよ。イケメンとベロチューしたい、の間違いだろ。まぁ俺ももう少し節税したいから、母さんには暫く生きていて貰おうか」
邪気の元はこれか。親子揃って金の亡者。実際、どんな体になってるのか一目見ようと
顔を出した時
「あら、猫ちゃん」やばい!俺は直ぐ近くの階段の下に潜り込んだ。
「何が猫ちゃんだクソババァ! 幻覚まで見るようになったのか。あ、医療器具の皆さんはもう帰っていいですから。請求書はいつものように教団に回しといて下さい。ご苦労さんでした!」
気付かれないように医療器具軍団の後に付いて無事、玄関を出た。親子の邪気も凄かったけど、しわくちゃ婆さんの首から下がスパゲッティみたいな配線になってて機械とモニターに繋がってたのもビックリしたな。先程の広場まで戻り、ベンチの下からリュックを引出し、スマホを取り出して、担当官にメールした。
「生きてます」
担当官の悔しそうな顔が目に浮かぶようだった。会った事は無いけど。
会長は生きている……のか? 猫DJゴッシー @NekoDJ
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