第1章 かくして彼らはパーティになった
第2話 底辺冒険者
冒険者ギルドの片隅。仰ぎ見た天井で、回転する五枚羽根の電灯が揺れている。
あの動きを見ていると、荒んだ俺の心も幾分か穏やかになった。ほら、ぐーるぐーる。
「ラグナスさーん! 現実逃避してないで考えてくださいよぅ!」
真正面にいる魔法使い――ミシロ・メデイアが勢いよく立ち上がり、涙目で訴えてきた。
金糸の刺繍があしらわれた真新しい黒衣のマントを揺らす小柄な少女は、テーブルを強く叩いて訴える。
ことの他大きく響いた音に周囲の人から視線が集まり、彼女は恥ずかしそうに座り直した。
「いや、どうするって言っても。このパーティには俺と君しかいないんだぞ」
「分かってます! だから、せめて僧侶は欲しいって話でしたよね!?」
直前にした会話を繰り返すミシロ。
たしかにそういう話だった。だったが……。
「じゃあ質問。学園を落第寸前で辛くも卒業した劣等生二人、なんとか組んだこの即席パーティ。さて、誰が入りたいと思う?」
「……それ、自分で言ってて悲しくならないんですか?」
「かなしい」
「じゃあ口を閉じて、もう二度と喋らないでください」
「いや酷くない!?」
聞いたのはそっちなのに。俺は事実をありのまま伝えただけだ。
冒険者養成学園<ティルナノーグ>の卒業生は本日、揃ってギルドに名を刻まれた。これからは他の冒険者と同じく、自由にパーティを組むことが許される。
とはいえ、卒業生の多くは在学時から仲間に目星をつけていた。
上位の実力者は互いを信じて集う。中位の生徒たちも近しい仲間を見つけていく。下位の者は残った人員から少しでもマシな相手を探したり、卒業生は諦めて一般の冒険者パーティに引き入れてもらったりする。
そうして一人、また一人と元学友たちはギルドから姿を消していき――現在。
「あたしたち、残っちゃったんですもんね……」
戦士科で成績最下位だった俺は、巷では「臆病者のラグナス」なんて蔑称をつけられている。
ミシロも、魔法使い科で
実力に合わせてつけられた冒険者としての登録ランクは、どちらも最底辺のFランク。そんなヤツらに他の冒険者から声が掛かるはずもなく。
他に手立てのなかった俺たちは、仕方なく余りもの同士でパーティを組んだのだった。
自分たちが実力不足なことはよく分かっている。このまま二人で冒険に出るわけにはいかない。
もう一人ぐらいは仲間を見つけたいが、妙案も思い浮かばず。こうしてギルドの隅っこでくだを巻いていた。
「どうして声が掛からなかったんでしょう。あたし……」
ミシロが自身のスカートをキュッと握り、俯いて肩を震わせていた。
泣かれたりしたら面倒だなー……なんて考えるのは流石に人情味に欠けるだろうか。
「あたし――こんなに可愛いのに!」
「……は?」
訂正。泣かなくても面倒だった。
顔をあげたミシロは、パチパチと長いまつ毛を
「どこから来る自信なんだそれ」
「えっ!? 超絶プリティだと思いません? あたし! 学園では結構モテたんですよ?」
そう宣言しながら、両手の人差し指を頬に当ててウインクする。ウザい。
ミシロは、肩まで伸びた栗色のミディアムヘアと、左右にちょこんと結んだツインテールが印象的な少女だ。
こじんまりとした身長と髪型のせいで、初見では卒業生だと見抜けない程度にあどけない。
プリティという自薦はあながち外れていないが、より正確に伝えるなら――ガキだ。あるいは小動物。ちんちくりん。
「モテていたなら、他の男からパーティに誘ってもらえばよかったのに」
「あのですねラグナスさん! あたしだって、下心丸出しなケダモノとは組みたくないんですよ!」
ケダモノて。仮にも同級生だぞ。
こんなに口の悪い子が本当にモテていたのか? ただの虚言で、誰にも誘われなかっただけじゃないのかと思ったが……指摘しないでおこう。怒られたくないし。
しかし、それならば。
「俺はいいのか?」
「ラグナスさんは大丈夫です。臆病者ーとか可哀想なあだ名がついてるんですよね? きっと奥手で女の子に手を出せない人だと判断しました!」
「お前、ぶっとばすぞ」
「ヒィッ! じょ、冗談ですよー」
つくづく失礼な応対をする奴だ。
というか、こんなところで漫才を楽しんでいる場合ではない。このままでは俺たち二人で旅芸人になってしまうぞ。
「とりあえず、受付で一般冒険者の人手がいないか探してみるか」
怯えたポーズだったミシロも同意する。
「なるほど! お声が掛からない以上、あたしたちから僧侶をお誘いするんですね!」
「可能であればもう一人、戦力も欲しいけど。贅沢は言ってられないからな。ひとまず回復役だけでも確保しよう」
「賛成です! ぜひ優秀な人を手に入れましょう!」
「うん。優秀は諦めような」
高望みするミシロに釘を刺しつつ、俺たちは受付カウンターで未所属の冒険者リストを見せてもらうことにした。
事務的に差し出される電子端末。画面に
現役を退いて休職中の人から、前のパーティで問題行動を起こした人、顔写真の時点でヤバいオーラが出ている人まで。
それはもう……駄目そうな人が載った一覧を眺める。
「うげぇ。こっから選ぶのか」
「どうですラグナスさん!? この有象無象のどーしようもない人材の中で、少しでもマシなのは誰だと思いますか?」
「……お前、口の利き方から学び直した方がいいぞ」
有象無象のどうしようもない人材は俺たちの方だ。
冒険者は実力に応じてランクが与えられている。俺たちFランクに始まり、上位者はA、そして特別なSランクまでさまざまだ。
リスト内も大概はFやEの冒険者。余り者な以上それは仕方ない。
画面をスクロールしていく。
そこでふと、この一覧に似つかわしくない、
「ってあれ? この名前……気のせいか? でもどう見たって――」
隣でリストを眺めていたミシロも俺と同じ疑問を抱いたらしい。小さな体でガバッとこちらを見上げる。
次の瞬間、彼女の口から渾身の仰天声が飛び出した。
「せせせセラフィナ様ぁ!?」
再び周囲から注目が集まり、ミシロが委縮する。
そこに載っていたのは、ティルナノーグの僧侶科を首席で卒業した天才児――セラフィナ・リム・レオニエルだった。
以前一度会っただけだが、顔写真を間違えるはずもない。
ミシロが目を白黒させる。
「どどどどうしますかラグナスさん! さ、誘ってみましゅか?」
「落ち着け! まずは落ち着いて羊を数えよう! ほら、一匹……二匹ぃ……」
なんだか眠くなってきた。
隣のミシロに体を大きく揺すられて、ハッと夢から引き戻される。
「寝てる場合じゃないですよ、この筋肉バカ!」
「おい! って、どうしてセラフィナ様が誰とも組まず残っているんだ?」
他のパーティに誘われなかった……なんてことは無いだろう。
彼女は他の生徒にも注目されていたし、学外からスカウトがあったとも聞いている。
事情は分からないが、とにかくここに名前がある以上は声を掛けて良いということだ。俺は緊張しながら受付嬢に問いかけた。
「あ、あの! この人をスカウトしたいんですけど」
顔写真を指差しながら聞くと、受付の女性は業務用スマイルの裏で明らかに不愉快そうな空気を醸し出す。
「お誘いは構いませんが、そちらの方の交渉はご自身で
「へ?」
どういうことだ?
パーティ勧誘はギルドに仲介役として連絡してもらい、そのまま事務的に処理される。人となりが分かるよう事前に顔合わせを希望することもあるが、
自分自身で交渉するように告げられるのはかなり異例である。
何か問題があるのだろうか。
俺は受付嬢に質問しようとしたが、その前に隣のミシロが体を乗り出して返事をした。
「もちろん! 是非お願いします!」
「おいミシロ。これなんかおかしいって」
「ほらラグナスさん、行きましょう! 放っておいたらセラフィナ様が他の人に見つかっちゃうかもしれません!」
話を聞かずにスキップで飛び出していくチームメイト。
仕方なく、俺も彼女の背中を追いかけてギルドを後にした。
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