完璧聖女セラフィナ様は、物理攻撃がやめられない!?
宮塚慶
1,戦士ラグナスと旅の始まり
プロローグ
第1話 完璧聖女
――セラフィナ・リム・レオニエルは完璧聖女である。
俺がこの冒険者養成学園<ティルナノーグ>の戦士科に入学してすぐに、そんな噂が流れてきた。
同学年の僧侶科に現れた少女・セラフィナ。
学内で他を圧倒する天才児で、容姿端麗で誰に対しても分け隔てなく優しい。礼儀作法を弁えているだけでなく、僧侶という役職に反して運動神経も抜群という逸材らしい。
「胡散臭ぇ」
俺――ラグナス・カークマンから出た感想はそれだけだ。
欠点のない人間なんているわけない。誰かが話を盛っているんだろう。
仮にそんな完璧超人が実在するなら、わざわざ学園に入らなくてもすぐ教会に従事することができるはずだ。別にディルナノーグは義務教育ではない。
「セラフィナ、か。そんな人がいるなら是非あってみたいね」
「わたくしですか?」
学園の中庭で独り
横になっていた体を起こして相手を探す。
「まさか……」
僧侶科の真っ黒な制服に身を包んだ少女が、すぐ横に立っていた。
長い金髪と、青く煌めく瞳。白い肌は透きとおるようにきめ細かく、
あまりにも眩しい姿。冗談抜きで、怠惰な俺を迎えに来た天の使いかと思った。
「あ、あなたが?」
「はい。セラフィナはわたくしです」
そう言うと、彼女はゆるりと柔らかな笑みを向けてくる。
「先客がいらしたのですね。
「いや。別にいいけど……」
丁寧な口調で話しかけてくる彼女に心を乱されながら、俺は答えた。
セラフィナは「ありがとうございます」と告げて隣に腰かける。柑橘類のような甘酸っぱい香りが、その長い髪から漂ってきた。
別にいいとは言ったが、なんでそんな近いところに座るんだろう。
こちらの疑問を気にもせず、彼女は手にしていた書物を開いて読書を始めた。神の教えが書かれた小難しそうな本で、ページの小さい文字を見ただけで俺の頭が痛くなる。
「えぇっと。今、授業中だけど」
あまりに優雅な応対に忘れていたが、優等生と名高い彼女がこんな時間に現れるのは不自然だ。俺は思わず問いかける。
ちなみに、俺は戦士科の授業についていけずサボっている最中だが。
「わたくしのクラスでは小テストをやっていたのですが、解き終わったので先生に退席を許可していただきました」
「……え? まだ授業が始まって二〇分しか経ってないんじゃ」
「ふふっ。そうですね」
そうですね、じゃない。この早さでテストを終えているとは。
どうやらこの人は、根本的に頭の作りが違うらしい。中庭で彼女を腐してぼやいていた自分が惨めすぎて、なんだか泣きたくなってくる。
肩を落として
「それを言うなら、あなたは何故ここに?」
「あ、あー……。いや、別に大したことじゃない」
優等生な彼女に問われるも、自分の立場を説明するのは
どうせこういう天才は、裏で凡人のことを
そんな捻くれた思考を見透かすように、セラフィナは子どもをあやすような調子で優しく話しかけてきた。
「話してみてください。これでも民に教えを授ける僧侶を目指す者ですから、少しはお役に立てるかもしれません」
わたくしの練習になると思って是非、などと付け足して笑う彼女。
あぁ神様。この人、根っからの善人なんですね。そこも眩しすぎてクラクラする。
すべてを包み込んでくれそうなセラフィナの人柄に、気がつけば俺は悩みを吐露していた。
「俺、田舎村の出身なんだ。狩りをして暮らしていたから魔物との戦いには自信があったけど、文字の読み書きも怪しくて。それでも立派な戦士になれば貧しい村を救えるんだーなんて……子どもの考えで受験した」
「こうして受かっているんですから、充分立派なことですよ」
何処までもこちらをフォローしてくれる善性の一言。それが現実とのギャップになって逆に辛い。
「そうは言っても、受験用に覚えた付け焼き刃の知識じゃ授業についていけないし。それ以外にも色々あって……こうしてサボってるんだよ」
自分に毒を吐くように言う。我ながら情けないが、それでもセラフィナは馬鹿にしなかった。
俺の目をまっすぐ見つめたまま離さない。
「戦士科は実技に重点を置いた学科です。今でも戦闘のセンスは負けていないのでしょう?」
「それは、なんとか」
クラスには、優秀な戦士を多数輩出した村の出身である猛者もいる。将来を期待された彼らだが、技術面では俺だって負けない自信があった。
それでも現実は厳しい。
ティルナノーグは実力社会で、ついて行けない生徒に合わせてはくれない。筆記問題で出遅れている俺が実技試験だけで勝ち残れるほど甘い世界だとは思えなかった。
それでも、セラフィナはまるで未来が視えているかのように迷いのない言葉で告げてくる。これが僧侶の言う、神のお告げなのだろうか。
「大丈夫です。正しく努める者を神は見捨てません」
詭弁だ。
そう思ったが、あまりにも確信めいた力強い語調だったので言い返すことができない。
さらにセラフィナは、肩の力を抜いて口を開いた。
「わたくしも、この学園に来るまで僧侶の力は目覚めていませんでした」
「んな馬鹿な!」
入学以降、あらゆる教科で一目置かれる存在だという話は俺の耳にも入っている。
そんな彼女が学園に来るまで無能力者だった? 謙遜にしたってあまりに嘘臭すぎるだろう。
「本当ですよ。僧侶になりたくて必死に勉強したのです」
念押しされたが、それでも信じ切れない。
だが事情を知らない俺は強く否定することもできず、黙って耳を傾けた。
「人によって得意なことは違います。あなたにも、あなたにしか出来ないことがあるでしょう」
言いながら、彼女は突然俺の手をギュッと握った。
「あ、あの!?」
「神も、わたくしも見ています。応援していますよ、ラグナスさん」
再び顔を近づけ、にこりと笑うセラフィナ。再び整髪剤の爽やかな香りに鼻孔をくすぐられる。
ヤバい。これが本物の聖女。
こちらの心を氷解させるような大きな慈愛の力を感じて、俺は落ち着かなかった。
しばらくして、彼女の指先が俺の手から離れていく。それでも確かに感じた体温に、頬まで熱くなるのを感じていた。
「どうです? 参考になったでしょうか?」
「は、はい。ありがとう、ございます……」
実際のところ、具体的なアドバイスをもらったわけではない。
それでも話を聞いてもらって、なんだか胸のつかえがとれた気持ちだった。神の教え、万歳。
「さて、わたくしはそろそろ戻りますね」
セラフィナは不意に立ち上がると、ぐいっと伸びをした。
いつの間にかかなり時間が経っていたらしい。彼女が動くと同時に授業終了の鐘が鳴り響く。
こちらに視線を落として、彼女はもう一度微笑む。
「大変なこともあるかと思いますが……。せっかく剣と盾の扱いは優秀なんですから、周囲の声に負けず卒業まで頑張ってくださいね? ラグナスさん」
「は、はい!」
激励の言葉をもらい、呆けた顔で返事をするしかない俺。
セラフィナはのんびりとした足取りで僧侶科のある棟へと消えていった。その背中を最後まで見届けて、俺はもらった言葉を心の中で復唱する。
卒業まで頑張れ、か。
少しだけ、腐っていた俺の気持ちが前向きになった気がする。あの人の持つ癒しのオーラがそうさせたのだろうか。
セラフィナ。いや、セラフィナ様。
――セラフィナ・リム・レオニエルは完璧聖女である。
「……あれ? そういや俺、名乗ったっけ?」
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