第3話 孤高の僧侶
「申し訳ありませんが、仲間は結構です」
出逢い
彼女は町の教会で祈りを捧げているところだった。以前は制服姿だったが今は特注の白い修道着に身を包んでおり、こちらも大層美しい。
意外と大胆なスリットが入ったスカートから、長く美しい脚が覗いている。
「ま、そうですよねー」
見事に断られたものの、その返事は予想の
仲間を凄く選り好みする人なのか、他に事情があるのか。何故彼女がパーティを組んでいないのかは不明だが、だからといって下級冒険者の俺たちと一緒になる理由はない。
という想像はついていたはずなのに、隣でミシロは目を剥いて驚いていた。
「どーしてですか!?」
どうやら、彼女は断られると一切予期していなかったらしい。想像力が足りない子だ。
「あたしたち、セラフィナ様となら最強のパーティになれると思うんです!」
「無理だろ」
「ラグナスさんは黙っててくださぁい!」
あり得ない仮定に思わずツッコミを入れるも、ミシロに鋭い視線で睨みつけられた。
セラフィナ様は俺たちの顔を一瞥する。
「戦士科のラグナス・カークマンさんと、魔法使い科のミシロ・メデイアさんでしょう?」
「えっ! あたしのことご存知なんですか!? 感激ですー!」
ズバリ名前を言い当てられて小躍りするミシロ。
そういえば、以前俺が学園の中庭で出会った時も名前を言い当てられた。僧侶科の天才児は相手の名前を透視する能力でも持っているのだろうか。死神の目みたいだ。
セラフィナ様は、澄ました顔で疑問に答えた。
「学園の生徒は全員把握しています」
「ぜ、全員!?」
あまりにも当然のように言ったその言葉に、今度は俺も驚愕する。
ティルナノーグの生徒というと、一学年に一〇〇人ほど在籍していたはず。学科が異なれば一度も顔を合わせない人も多い。
それを在籍時の三学年すべて、顔と名前が一致していると言ってのけたのだ。
「あまり良い表現だとは思いませんが、臆病者のラグナスと、人たらしのミシロなんて呼び方もあるようですね」
ギクッと音が聞こえそうなほど大仰にミシロが後ずさる。俺もたぶん良い顔はしていなかっただろう。
というか、ミシロって人たらしなんて呼ばれてるのか。口悪いし媚びるような雰囲気も無いので全然そんな感じしないけど。
「それはそのー。そのとおりでございますがー……」
言い当てられ、しどろもどろになるミシロ。
俺たちは悪い意味で有名だったようで、把握されているのも仕方ない。
蔑称に近い呼び名なので苦い表情しか返せなかったが、セラフィナ様はフォローするように少し表情を和らげた。
「気を悪くしないでください。品のない言葉だと思いますし、あなた方の実力を否定するつもりはありません。それとは関係なく、わたくしは誰ともパーティを組むつもりはないのです」
改めて、パーティ結成の相談は棄却された。
しかし、誰とも組むつもりはないというのはどういう事なんだろう。
社交辞令やフォローの
僧侶というのは冒険者になるのが正道というわけでもない。教会や修道院に従事する者も多く、実際学園の卒業生も少なからずそちらの進路を選んだと聞く。
けれど彼女はギルドに名前を登録している。旅に出るつもりはあるはずだが……ソロでやっていくのか? 僧侶が?
問わずにはいられなかった。
「なんでパーティを組まないんですか?」
「必要ないからです」
「いやいや! 直接魔物と戦う職業ならともかく、僧侶が単独行動は危険すぎるって!」
実際は、たとえ戦士や魔法使いであっても単独行動なんてしない。
歴戦の勇士であっても一人では苦戦するほどに、この世界に
だからこそ冒険者養成学園という大仰な組織が生まれ、ギルドでは卒業生を手厚くサポートしている。
セラフィナ様は、こちらの疑問を他所に顔色一つ変えず続ける。
「御心配には及びません」
「そんなぁー……セラフィナ様ぁ……」
未だに断られたことがショックなのか、しょぼくれているミシロ。
そんな彼女を見て少し眉をひそめたセラフィナ様だが、すぐさまポーカーフェイスへと逆戻りした。
それは俺たちの今後を案じてくれた顔だったのか、ただ呆れているのか。
「では、祈りも済んだので私はそろそろ失礼しますね」
軽く会釈をして、セラフィナ様は床に置いていた荷物を手に取る。
このままでは解散になってしまう。ミシロが焦ったように叫んだ。
「待ってください! どこ行くんですか?」
「もちろん、冒険者となったからには旅に出ます」
「で、でもでも……!」
一人じゃ危ない。その言葉でセラフィナ様の心が動かないことはもう分かっている。
何とかしたいが上手い返しも思い浮かばず、二人揃って黙ることしかできなかった。
「お二方もお気をつけて。ご武運をお祈りしています」
最後に社交的な言葉を残して、颯爽と歩いていくセラフィナ様。
身の丈ほどもある大きな杖を背負った彼女の背中が教会から出ていくのを、俺たちは呆然と立ち尽くして見送る。
しばらく呆けて、ようやく俺は事態を呑み込めずにいる仲間へ訊いた。
「どう思う?」
「え? 何がなんだか分かんないですけどー……」
ミシロは顎に手を当てて
「でも、やっぱり僧侶の一人旅は危険だと思います!」
「そうだよな」
もちろん僧侶と言えど完全な丸腰というわけではないだろう。
回復魔法が基礎となる職業ではあるが、魔物を退ける術も存在する。彼女ほど優秀な生徒ならば、学科の枠を越えて魔法使いの簡単な攻撃魔術ぐらい学んでいるかもしれない。
だが、それでも。
あのセラフィナ様が何かの間違いで怪我でもしたら大変だ。彼女は学園の至宝。歴史上最高の成績を収めて卒業した主席天才児。社会的にも
「となれば……」
「ラグナス様! 同じことを考えていましたね?」
ニヤりと不敵に笑うミシロ。
互いに目を合わせて、どちらともなく頷く。
「彼女がどうするのか、ひっそり追いかけて様子見させてもらうか」
「危険からセラフィナ様を守る影のナイトですね!? 待っててくださいセラフィナ様ー!」
そこまで言ってない。
実力から考えて、俺たちに護衛の適正があるとはとても思えないし。
でも、彼女の真意は見定めたい。パーティを組めない事情があるのなら、状況次第では何か力になれるかもしれない。
ふんすと鼻を鳴らすミシロも気合充分といった様子。
こうして俺たちは、セラフィナ様を尾行することに決めたのだった。
「……これ、バレたらストーカーとして訴えられたりしないよな?」
「その時は、ラグナスさんが色ボケしていたと証言してあげます。あたしは無理矢理連れてこられたんだと自警団に泣きつきますので、安心してください!」
「え、俺パーティ解散していい?」
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