第4話 実験体へようこそ
「飲んで飲んで!」
アルケミアは目を輝かせながら、紫色の液体が入った小瓶を真一に押し付けてきた。近距離で見ると、ゴーグルを頭に乗せた姿が妙に可愛らしく、白衣からのぞく谷間にドキッとしてしまう。小さな手が真一の手に触れ、その温もりが伝わってきた。
「いや、初対面で怪しい薬は...」
「怪しくないよ!多分!」
多分って何だ。
「効果は?」
「それを確かめたいの♪」
完全に人体実験だった。
「副作用とかは?」
「わからない!だから試すんじゃない!」
錬金術師の倫理観はどうなっているのか。
その時、背後から冷たい声がした。
「やめなさい」
セラフィーナだった。
「人体実験なんて、非人道的よ」
真一は安堵した。さすが聖女様。
「そうですよね」
「ええ。実験なんてしなくても、いずれ全員浄化するんだから」
安堵は一瞬で消え去った。
* * *
「あなたが噂の聖女様?」
アルケミアはセラフィーナを興味深そうに見た。
「ええ、セラフィーナよ」
「私、アルケミア!よろしく!」
握手を求めるアルケミアを、セラフィーナは冷たい目で見下ろした。
「錬金術師とは仲良くしないわ」
「どうして?」
「自然の摂理を歪める者は、浄化の対象だから」
不穏な宣言。
しかし、アルケミアは気にしない様子だった。
「じゃあ、浄化される前に不老不死薬を完成させなきゃ!」
「不老不死?」
セラフィーナの眉が動いた。
「そう!死なない薬!すごいでしょ?」
「...愚かね」
「どうして?」
「死は救済よ。それを拒むなんて」
二人の間に、険悪な空気が流れた。
* * *
「あ、そうだ!」
アルケミアは急に真一の方を向いた。
「真一さん、昨日ゴブリンに殺されたでしょ?」
「どうして知って」
「死臭がするもん」
セラフィーナと同じことを言う。
「でも生きてる!すごい!どうやって?」
「それは...」
真一は口ごもった。不死身の能力のことは、あまり知られたくない。
「もしかして、特殊体質?」
アルケミアの目が爛々と輝いた。紫色の瞳は実験への情熱で濁れ、妙に艶っぽく見える。興奮で上気した頰がピンク色に染まり、息が少し荒くなっていた。
「ねえねえ、血液サンプル採らせて!骨髄も!できれば臓器の一部も!」
「全部断ります」
「えー、ケチ!」
頬を膨らませるアルケミア。しかし、すぐに別のことを思いついたようだ。
「じゃあ、これならどう?」
今度は青い液体の入った瓶を取り出した。
「これは比較的安全!多分死なない!」
多分死なない。それは安全とは言わない。
* * *
「真一さんは、どうしてこんな危険な場所に?」
話題を変えようと、真一は聞いてみた。
「研究に最適だから!」
アルケミアは即答した。
「モンスターの素材は薬の材料になるし、人体実験の被験者も...あ、いない」
言いかけて、真一をじっと見る。
「一人いた♪」
「私は被験者じゃありません」
「でも不死身なんでしょ?最高じゃない!」
「知りません」
「あ、そうだ!」
アルケミアはまた何か思いついた。
「家賃の代わりに実験体になってくれたら、タダで薬あげる!」
「要りません」
「回復薬も?」
「...それは少し欲しいかも」
「でしょ!」
アルケミアは得意げだった。
「じゃあ、週一回の血液提供で、回復薬10本!」
「血液...」
「大丈夫、死なない程度しか採らないから!」
死なない程度。その基準が怖い。
* * *
結局、真一は血液提供を承諾してしまった。
この危険地帯で生きるには、回復薬は必須だ。
「やった!定期的な実験体ゲット!」
アルケミアは飛び跳ねて喜んだ。その勢いでスカートが大きく翻り、黒いパンツが一瞬見えた。白衣も乱れ、大きく揺れる胸が目立つ。無邪気な喜び方が、逆に危うい魅力を放っていた。
「ちなみに、何の研究をしてるんですか?」
「不老不死薬!」
即答だった。
「妹が不治の病でね。普通の薬じゃ治らないから、死なない薬を作ろうと思って」
意外にも真面目な理由だった。
「妹さんは今?」
「研究所で眠ってる。冷凍保存してるの」
「冷凍...」
「大丈夫、ちゃんと生きてる!多分!」
また多分か。
「絶対に薬を完成させて、妹を助けるんだ」
その瞬間だけ、アルケミアの表情が真剣になった。
しかし、すぐにいつもの調子に戻る。
「そのためには、実験!実験!実験!」
「程々にしてください」
* * *
アルケミアの引っ越しも完了し、真一の周囲には3人のやべー女が揃った。
不動産女王エリザベート。
聖女セラフィーナ。
錬金術師アルケミア。
それぞれが異常で、危険で、そして魅力的だった。
「これで3人かあ」
真一は自分の家で溜息をついた。
と、その時。
コンコン、とドアをノックする音。
恐る恐る開けると、黒髪の美女が立っていた。
妖艶な笑みを浮かべ、露出度の高い衣装を着ている。黒いレースのビスチェとミニスカートで、豊満な胸と長い脚が強調されている。黒髪はウェーブがかかり、肌は健康的な小麦色。ハイヒールを履いた脚が、歩く度に艶めかしく揺れる。
「はじめまして♪」
鈴を転がすような声。
「私、リリス・ハートブレイカー。最後の部屋に越してきたの」
最後の一人。
「よろしくね、素敵なお兄さん♪」
ウインクと共に、真一の頬に軽くキスをした。
「!?」
「挨拶代わり♪」
そう言って、リリスは自分の部屋へと去っていった。歩く姿はモデルのように優雅で、腰をくねらせる歩き方が男の視線を釘付けにする。ドアを閉める直前、振り返ってウインクをした姿が、妙に悩ましかった。
残された真一は、頬を押さえながら呆然と立ち尽くす。
4人目のやべー女。
そして恐らく、一番厄介な相手。
ダンジョンサイドレジデンスに、全員が揃った。
真一は部屋に戻ると、窓から外を眺めた。
エリザベートが不動産のチラシを作っている。
セラフィーナが浄化計画の地図を広げている。
アルケミアが怪しい煙を上げながら実験している。
リリスが鏡の前で妖艶なポーズを取っている。手をゆっくりと体にすべらせ、自分の曲線を確かめるように動かしていた。その姿はまるで男を誘惑する準備をしているようで、真一は慢てて視線を逸らした。
「全員、本当にやべー女だ...」
しかし、不思議と逃げ出したいとは思わなかった。
むしろ、彼女たちとの生活がどうなるのか、少しだけ楽しみになっている自分がいた。
(俺も、おかしくなってきたのかな)
真一は苦笑した。
明日から始まる、4人のやべー女との本格的な共同生活。
それは間違いなく、命がけの日々になるだろう。
でも、退屈だけはしなさそうだった。
【次回予告】
ついに5人全員が揃った朝食会!
しかし、価値観の違いから早くも対立が!?
「世界平和vs愛の探求vs不老不死vs不動産支配...目的がバラバラすぎる!」
第5話「愛を壊しに来ました」へ続く!
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