第3話 隣人は聖女様

翌朝、真一は物音で目覚めた。


隣の部屋から、何やら賛美歌のような歌声が聞こえてくる。美しい声だが、歌詞が不穏だった。


「♪世界を清めて~ 全てを無に還して~ 永遠の平和を~♪」


聖女セラフィーナの引っ越しが完了したらしい。


真一は恐る恐る窓から外を覗いた。


隣の家の前庭で、セラフィーナが何かの儀式をしていた。地面に複雑な魔法陣を描き、その中心で祈りを捧げている。


すると、魔法陣が淡く光り始めた。


次の瞬間、庭にいたゴブリンたちが次々と光の粒子となって消えていく。


「浄化完了♪」


セラフィーナが満足そうに呟いた。


確かにモンスターは消えた。しかし、その光景は聖女というより、死神のようだった。


* * *


「おはようございます、お隣さん」


真一が外に出ると、セラフィーナが爽やかに挨拶してきた。


純白のローブに身を包み、朝日を浴びる姿はまさに聖女そのもの。朝露に濡れた銀髪がキラキラと輝き、祭壇に膝をついた姿勢が美しい曲線を描いていた。昨日の狂気じみた発言が嘘のようだ。


「お、おはようございます」


「朝から浄化をしていたの。うるさかったかしら?」


「いえ、モンスターを退治してくれて助かります」


「あら、勘違いしないで」


セラフィーナは微笑んだ。


「私は世界平和のために浄化しているだけ。あなたを助けるためじゃないわ」


「でも結果的には」


「そうね。でも、いずれはあなたも...」


「え?」


「冗談よ♪」


また冗談になっていない冗談だった。


* * *


「ところで、朝食はもう?」


セラフィーナが唐突に聞いてきた。


「いえ、まだですが」


「じゃあ、一緒にいかが?引っ越し祝いに作りすぎちゃって」


意外な提案だった。


世界を滅ぼそうとしている聖女が、普通に朝食を作るのか。


「遠慮なく、どうぞ」


断る理由も特になく、真一はセラフィーナの家に招かれた。


中は意外にも、普通の家だった。清潔で、品の良い家具が並んでいる。


ただし。


「これは?」


壁一面に、不気味な計画書が貼られていた。


『世界平和実現ロードマップ』


『効率的浄化の手順』


『人口削減による環境改善』


「私の研究よ」


セラフィーナは誇らしげに言った。


「100年かけて考えた、完璧な計画。素晴らしいでしょう?」


素晴らしくない。むしろ恐ろしい。


* * *


しかし、朝食は普通に美味しかった。


パンにスープ、卵料理にサラダ。聖女の作る料理は、見た目も味も完璧だった。


「美味しいです」


「ありがとう。料理は好きなの」


セラフィーナは嬉しそうに微笑んだ。この瞬間だけは、普通の女性に見える。


「昔はよく、孤児院の子供たちに作ってあげたわ」


「孤児院?」


「ええ。私、戦争孤児だったの」


意外な告白だった。


「家族も故郷も、戦争で失った。生き残ったのは私だけ」


「それは...」


「だから思ったの。戦争なんてない世界を作ろうって」


その想いは理解できる。しかし、方法が。


「戦争がなくなる一番確実な方法は、戦争をする存在をなくすこと」


「それは極論では」


「極論?いいえ、これが真理よ」


セラフィーナの瞳が、狂気を宿して輝いた。


* * *


「でも、あなたは特別」


急に話題が変わった。


「特別?」


「昨夜、あなたの魂を視たの。とても純粋で、穢れがない」


「そんなことは」


「あるのよ。だから、あなたは最後まで残すわ」


最後まで残す。それは裏を返せば、いずれは消すということ。


「新しい世界にも、記録係は必要でしょう?」


「記録係?」


「ええ。私の偉業を後世に伝える人」


真一は背筋が寒くなった。


この聖女の計画では、自分は最後の人類になるらしい。


「あ、でも心配しないで」


セラフィーナは優しく微笑んだ。


「それは早くても10年後。それまでは、良いお隣さんでいましょう」


10年。長いようで短い。


「ね、約束して」


「何を?」


「私が世界を浄化する時、邪魔しないって」


断ったらどうなるのか。真一は想像したくなかった。


「...努力します」


「ふふ、それでいいわ」


* * *


朝食を終えて帰ろうとすると、窓の外に人影が見えた。


紫髪をツインテールにした少女が、大きな荷物を抱えて歩いている。白衣の下には黒いミニスカートがのぞき、細い脚にはニーソックス。ゴーグルを頭に乗せた姿は、いかにも研究者然としていながら、妙に色気を感じさせる。


「あら、新しいお隣さんね」


セラフィーナも気づいた。


「錬金術師だって聞いてます」


「錬金術師...」


セラフィーナの表情が少し曇った。


「あまり好きじゃないわ。自然の摂理に逆らう研究ばかりして」


「でも、薬とか作ってくれるなら」


「薬?」


セラフィーナは鼻で笑った。


「錬金術師の作る薬なんて、毒と同じよ」


その言葉は、すぐに現実となる。


真一が外に出ると、紫髪の少女がこちらに気づいた。


「あ!人間だ!生きてる人間だ!」


妙にテンションが高い。


少女は荷物を放り出して、真一に駆け寄ってきた。その勢いで紫色のツインテールが大きく揺れ、スカートが危うく翻りそうになる。大きな紫色の瞳がキラキラと輝いていた。


「はじめまして!アルケミア・ブラックポーションです!」


「佐藤真一です」


「真一さん!素敵な名前!」


距離感がおかしい。


「ねえねえ、ちょっとお願いがあるんだけど」


「はい?」


アルケミアは白衣のポケットから小瓶を取り出した。中には怪しげな紫色の液体が入っている。


「これ、飲んでみて♪」


「は?」


「新作の薬なの!効果を試したくて!」


初対面でいきなり人体実験。


この錬金術師も、間違いなくやべー女だった。


「とりあえず、今は遠慮しておきます」


「えー、つまんない」


アルケミアは頬を膨らませた。その仕草が妙に幼く、小柄な体格と相まって可愛らしく見える。しかし、白衣越しにもわかる豊かな胸の膨らみが、年齢不相応の大人っぽさを醸し出していた。


「でも諦めないから!絶対に実験体になってもらうんだから!」


そう宣言して、荷物を抱えて自分の部屋へと向かった。


真一は深いため息をついた。


不動産女王、世界を滅ぼす聖女、そして人体実験狂いの錬金術師。


「俺、本当にここで生きていけるのか...」


その時、真一の中に一つの決意が生まれた。


(この、やべー女たちから身を守りながら、なんとか普通の生活を取り戻す。そして、できることなら...)


窓の外を見ると、アルケミアが実験器具を並べているのが見えた。その向こうでは、セラフィーナが浄化の儀式を続けている。


(彼女たちを、少しでもまともな方向に導けたら)


それは途方もない目標だった。しかし、不死身の能力があれば、不可能ではないかもしれない。


真一の新たな挑戦が、今始まろうとしていた。


窓の外では、アルケミアが実験器具を取り出しながら、楽しそうに鼻歌を歌っている。白衣がはだけて、黒いブラの紐がちらりと見えた。少女らしからぬ大胆さに、真一は急いで視線を逸らした。


【次回予告】

ついに4人目のやべー女が登場!

愛を研究すると言いながら、なぜか破壊ばかりのリリスの正体とは!?

「私が恋人になってあげる。そして本気で恋したら...他の女に乗り換えるの♪」

第4話「実験体へようこそ」へ続く!

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