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「はあ…」


 一人で長い階段を下り、一人で帰ってきた。


 すべては勇気が出なかったから。


 小春と別れてからは瑛人は何かに魂を抜かれたように、縁側に寝転がっていた。そして、気づけば日が沈みかけていた。


 遠くではドコドコと祭りの音が聞こえてくる。その音が今は耳障りで仕方がなかった。


「…この頃に戻りてえなあ」


 瑛人はもう一度、「あの頃」が収まっている写真立てに目を向けた。


 瑛人と小春がりんご飴を取り合っていて、後ろで亮介がそれを微笑ましく笑っている。ただ、それだけの写真。


 それだけの写真なのに、なぜだろう、こんなにも涙が出てくるのは。


「瑛人!!」


 聞き馴染みのある声だった。小学生の頃から、中学高校、そして今日と毎日のように聞いてきた、低くて、よく通る声…。


 亮介…!!


「ハルのやつ、東京行くんだって!」

「…は?」


 驚いたが、それと同時に、この日不可解だったことが全てが繋がった。


 なぜ小春は急いでいたのか、なぜ昼なのにまだやってないお祭りに連れ出したのか、なぜ高台に行ったのか、なぜ最後に「じゃあね」と言ったのか。


「なんでお前が泣いてんだよ!」


 ただ、亮介は整理する時間すら与えてくれなかった。必死なくらい汗臭いのもおかまいなしに、俺の胸倉を掴んでいた。


「さっきハルとあったよ。めっちゃ泣いてた」

「…!!」


「ハチが気持ち伝えてくれない。結局最後まで片思いだったって」


 …違う。本当は俺だって同じ気持ちなのに。勇気が出ないだけで…


「…実はね、俺もハルのこと好きだったんだ。ずーっと、ずーーーっと。でもハルが好きなのは瑛人だから」


「実はね、小学校の頃、ハルからも、お前からも、好きな人がいるんだけどどうしようって、相談受けて…それが見事に両想いだった。俺だけが、お前らが両想いなの知ってたんだ」


「だからお祭りで高台上れば結ばれるって、自分の気持ち押し殺してハルにだけアドバイスして…そこまでしてるのになんでこんな遠回りなんだよ!」


 それを聞いて瑛人は写真立てに急いで目を向けた。


 ああだから…亮介だけ一歩後ろで…


「だからこの写真立ての時だって、今日だって一歩引いて応援してたのに!」


 俺は何てことを…


「…ハルのやつ、東京の大学行くんだって。もうしばらく本当に会えなくなる。」


「今夜、夜行列車で東京に行くらしい。俺が伝えられるのはこれだけ」


 瑛人は話を聞き終わるより先に走り出していた。


 後で謝ろう。そして亮介には感謝を伝えないといけない。


 でも今は一分一秒が惜しい。早くしないと小春が行ってしまう。


 最後に思いを伝えなければ。その思いだけが体を動かす原動力だった。


 がむしゃらに、ただがむしゃらに走っていく。


 ここから一番近い駅は隣町の駅だろう。と、いうよりそれしか駅が周りにない。


「はあ…はあ…」


 だけど、一生走り続けるのは不可能な話だった。息も絶え絶えで、もう走ることができない。


 こんなことなら、もうちょい運動しておけばよかったなあ…


 そう思ったその瞬間だった。


「おーい!乗ってけ小僧!!」


 田舎の道をかき分けて進んでいたのは、今日の昼も見た軽車だった。


「…りんご飴のおっちゃん!!!」




「…なんでおっちゃんがここに…?今は祭りの最中じゃ…」


 りんご飴屋の親父はタバコを吸いながら言った。


「あの後、高台から降りてきた小春ちゃんと会ってさ、一部始終を聞いてね。東京の大学に行くことも聞いて、瑛人くんの気持ちの聞いて、おっちゃんいても経ってもいられなくなってね」

「そう…」


「…好きなんだろ?お互い」

「…な、なんでそれを!?」


 瑛人はもはや隠すつもりもない。それを聞いて親父は豪快に笑う。


「いいねえ青春だねえ!分かるよ。ずっとこの村にいるんだから。」


「この村って閉鎖的でねえ、だからこそ顔とかもすぐ覚えちゃうんだ。ましてや村に数少ない子供なら猶更!ワシはキミらのこと家族だと思ってるから」


 親父はそう言ってアクセルをもう一段階踏んだ。


「そんな家族に何かあったら、それは祭りどころじゃあないわい!」

「…おっちゃん、本当にありがとう。俺が優柔不断なばっかりに」

「…前を見い…町の明かりじゃ」


 村より数段栄えている町は、自分の村よりも数段明るかった。


 そんな町に着く。小春が待っている町に。


「うし、スピード上げていくぞ!」


 と親父が言った瞬間だった。車が急にスピードを失っていく。


 親父がアクセルを懸命に踏むも、車は言うことを聞かない。


 まさかの事態に慌てることすらせず、親父と瑛人は顔を見合わせてしまう。


「…おいおいこれって」

「ガソリン切れ、じゃな」


 二人は目を見て頷いた。


「おっちゃん、本当にありがとう!」


 瑛人は急いで車を出てひたすら走った。


 これからって時にこんなことあるか?普通。


 そう考える自分と、なんかドラマチックじゃんと心躍る自分もいた。


 亮介のおかげ、おっちゃんのおかげでここまで来れた。


 後は自分にケジメをつけるだけだ。


 町に入ってからも一心不乱に走る。一秒でも早く、駅に着かないと。


 早くしないと小春が行ってしまう。


 最後に、直接気持ちを伝えなければ!!!!!!




「ハル!!!!!!!!!!!!!!」


 駅に立っていたのは小春一人だった。


 後ろ姿しか見えてなかった。肩までかかったストレートヘアーは、自分の記憶の中の小春とはだいぶかけ離れていたけど、その人物が小春だと言うことはすぐ分かった。


 だって長い付き合いだから。


「…ハチ!!なんでここが…」


 振り返る小春の目には、大粒の涙が溜まっていた。


「本当にごめん。今まで俺のせいで、悲しい思いをたくさんさせちゃって」

「…ううん。そんなこと…あるかも」

「…あんのかい」


 そう言って二人はこらえきれなくなってぷっと笑い出す。


「ねえハチ、私になんか言うことない?」


 あの高台ではないけど、8年前の答え合わせをさせてほしい。


 俺のせいで、遅れちゃったけど。


「あるよ。」


 俺は深呼吸をした。


「…ハルのことが好きだ」

「…やーっと、言ってくれたね」


 そう絞り出して言うハルの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「…ハルからも何か言うこと、ないか?」

「あるよ。でもその前に」


 俺とハルは15㎝の距離で向かい合う。


 …あれ、ハルってこんな背小さかったっけ?


 気づけば俺の方が15cm程背が高くなっていた。


 昔はハルの方が背大きくて、だからりんご飴も中々取り返せなくて…


 そんなことを考えていたら、唇と唇が重なった。


 直接口付けしてる時間は短かったけど、ほんのりいい匂いが、ほんのりあったかい感触が俺の体を包み込んだ。


「東京行き夜行列車、間もなく発車します!」


 ハルは何も言わないまま車両に乗り込んで、しばらくしてから。ハルは窓からひょこっと顔を出した。


 大きく息を吸って、両手を口に当てて。


「私も、ハチのことが好き!!!!!!!!!!」


 夜行列車が煙をあげて走り出した。


 その背景で、どこかの田舎で花火が上がっていた。



 


 



 


 


 


 

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春を追ってキミに会いに行く~田舎が結ぶ、幼馴染の物語 斜陽 @zy_brg_

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