2/2
「はあ…」
一人で長い階段を下り、一人で帰ってきた。
すべては勇気が出なかったから。
小春と別れてからは瑛人は何かに魂を抜かれたように、縁側に寝転がっていた。そして、気づけば日が沈みかけていた。
遠くではドコドコと祭りの音が聞こえてくる。その音が今は耳障りで仕方がなかった。
「…この頃に戻りてえなあ」
瑛人はもう一度、「あの頃」が収まっている写真立てに目を向けた。
瑛人と小春がりんご飴を取り合っていて、後ろで亮介がそれを微笑ましく笑っている。ただ、それだけの写真。
それだけの写真なのに、なぜだろう、こんなにも涙が出てくるのは。
「瑛人!!」
聞き馴染みのある声だった。小学生の頃から、中学高校、そして今日と毎日のように聞いてきた、低くて、よく通る声…。
亮介…!!
「ハルのやつ、東京行くんだって!」
「…は?」
驚いたが、それと同時に、この日不可解だったことが全てが繋がった。
なぜ小春は急いでいたのか、なぜ昼なのにまだやってないお祭りに連れ出したのか、なぜ高台に行ったのか、なぜ最後に「じゃあね」と言ったのか。
「なんでお前が泣いてんだよ!」
ただ、亮介は整理する時間すら与えてくれなかった。必死なくらい汗臭いのもおかまいなしに、俺の胸倉を掴んでいた。
「さっきハルとあったよ。めっちゃ泣いてた」
「…!!」
「ハチが気持ち伝えてくれない。結局最後まで片思いだったって」
…違う。本当は俺だって同じ気持ちなのに。勇気が出ないだけで…
「…実はね、俺もハルのこと好きだったんだ。ずーっと、ずーーーっと。でもハルが好きなのは瑛人だから」
「実はね、小学校の頃、ハルからも、お前からも、好きな人がいるんだけどどうしようって、相談受けて…それが見事に両想いだった。俺だけが、お前らが両想いなの知ってたんだ」
「だからお祭りで高台上れば結ばれるって、自分の気持ち押し殺してハルにだけアドバイスして…そこまでしてるのになんでこんな遠回りなんだよ!」
それを聞いて瑛人は写真立てに急いで目を向けた。
ああだから…亮介だけ一歩後ろで…
「だからこの写真立ての時だって、今日だって一歩引いて応援してたのに!」
俺は何てことを…
「…ハルのやつ、東京の大学行くんだって。もうしばらく本当に会えなくなる。」
「今夜、夜行列車で東京に行くらしい。俺が伝えられるのはこれだけ」
瑛人は話を聞き終わるより先に走り出していた。
後で謝ろう。そして亮介には感謝を伝えないといけない。
でも今は一分一秒が惜しい。早くしないと小春が行ってしまう。
最後に思いを伝えなければ。その思いだけが体を動かす原動力だった。
がむしゃらに、ただがむしゃらに走っていく。
ここから一番近い駅は隣町の駅だろう。と、いうよりそれしか駅が周りにない。
「はあ…はあ…」
だけど、一生走り続けるのは不可能な話だった。息も絶え絶えで、もう走ることができない。
こんなことなら、もうちょい運動しておけばよかったなあ…
そう思ったその瞬間だった。
「おーい!乗ってけ小僧!!」
田舎の道をかき分けて進んでいたのは、今日の昼も見た軽車だった。
「…りんご飴のおっちゃん!!!」
「…なんでおっちゃんがここに…?今は祭りの最中じゃ…」
りんご飴屋の親父はタバコを吸いながら言った。
「あの後、高台から降りてきた小春ちゃんと会ってさ、一部始終を聞いてね。東京の大学に行くことも聞いて、瑛人くんの気持ちの聞いて、おっちゃんいても経ってもいられなくなってね」
「そう…」
「…好きなんだろ?お互い」
「…な、なんでそれを!?」
瑛人はもはや隠すつもりもない。それを聞いて親父は豪快に笑う。
「いいねえ青春だねえ!分かるよ。ずっとこの村にいるんだから。」
「この村って閉鎖的でねえ、だからこそ顔とかもすぐ覚えちゃうんだ。ましてや村に数少ない子供なら猶更!ワシはキミらのこと家族だと思ってるから」
親父はそう言ってアクセルをもう一段階踏んだ。
「そんな家族に何かあったら、それは祭りどころじゃあないわい!」
「…おっちゃん、本当にありがとう。俺が優柔不断なばっかりに」
「…前を見い…町の明かりじゃ」
村より数段栄えている町は、自分の村よりも数段明るかった。
そんな町に着く。小春が待っている町に。
「うし、スピード上げていくぞ!」
と親父が言った瞬間だった。車が急にスピードを失っていく。
親父がアクセルを懸命に踏むも、車は言うことを聞かない。
まさかの事態に慌てることすらせず、親父と瑛人は顔を見合わせてしまう。
「…おいおいこれって」
「ガソリン切れ、じゃな」
二人は目を見て頷いた。
「おっちゃん、本当にありがとう!」
瑛人は急いで車を出てひたすら走った。
これからって時にこんなことあるか?普通。
そう考える自分と、なんかドラマチックじゃんと心躍る自分もいた。
亮介のおかげ、おっちゃんのおかげでここまで来れた。
後は自分にケジメをつけるだけだ。
町に入ってからも一心不乱に走る。一秒でも早く、駅に着かないと。
早くしないと小春が行ってしまう。
最後に、直接気持ちを伝えなければ!!!!!!
「ハル!!!!!!!!!!!!!!」
駅に立っていたのは小春一人だった。
後ろ姿しか見えてなかった。肩までかかったストレートヘアーは、自分の記憶の中の小春とはだいぶかけ離れていたけど、その人物が小春だと言うことはすぐ分かった。
だって長い付き合いだから。
「…ハチ!!なんでここが…」
振り返る小春の目には、大粒の涙が溜まっていた。
「本当にごめん。今まで俺のせいで、悲しい思いをたくさんさせちゃって」
「…ううん。そんなこと…あるかも」
「…あんのかい」
そう言って二人はこらえきれなくなってぷっと笑い出す。
「ねえハチ、私になんか言うことない?」
あの高台ではないけど、8年前の答え合わせをさせてほしい。
俺のせいで、遅れちゃったけど。
「あるよ。」
俺は深呼吸をした。
「…ハルのことが好きだ」
「…やーっと、言ってくれたね」
そう絞り出して言うハルの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「…ハルからも何か言うこと、ないか?」
「あるよ。でもその前に」
俺とハルは15㎝の距離で向かい合う。
…あれ、ハルってこんな背小さかったっけ?
気づけば俺の方が15cm程背が高くなっていた。
昔はハルの方が背大きくて、だからりんご飴も中々取り返せなくて…
そんなことを考えていたら、唇と唇が重なった。
直接口付けしてる時間は短かったけど、ほんのりいい匂いが、ほんのりあったかい感触が俺の体を包み込んだ。
「東京行き夜行列車、間もなく発車します!」
ハルは何も言わないまま車両に乗り込んで、しばらくしてから。ハルは窓からひょこっと顔を出した。
大きく息を吸って、両手を口に当てて。
「私も、ハチのことが好き!!!!!!!!!!」
夜行列車が煙をあげて走り出した。
その背景で、どこかの田舎で花火が上がっていた。
春を追ってキミに会いに行く~田舎が結ぶ、幼馴染の物語 斜陽 @zy_brg_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます